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勧誘とお祝いの牛カツとすり身揚げ(3)

 次回の付け合わせ野菜のことを考えながら、揚げ油を竈で温めているシオンちゃんの元へ来た。彼女の右隣の作業台には平皿に盛られた大小の揚げダネがあった。大きい方は牛カツだろう。丸くて小さいのは……?


「これが揚げダネ? 多種類魚のつくね」

「そう。包丁で叩いた魚にディルと玉ねぎとでんぷん粉を混ぜて、捏ねたの。緩かったから、スプーン2本で丸くして、茹でて水気を切ったタネに粉だけまぶしたのよ」

「これから溶き卵とパン粉?」

「ううん、触感の違いを出すために、こっちは粉だけで。茹でただけのものも出汁の出た茹で汁でスープを作るから、そっちの具材にするわ」

「……粉、だけ? そんな発想無かった! でも何もまぶさないっていう考えも連想されるはずだよな。なんで粉だけに?」

「ソースが絡みやすいかなって。あ、今日はチーズ多めのバジルソースだよ」

「うまそー!」


 揚げダネを前にそんな話をしてる間にも、鍋の油は温まった。シオンちゃんはスープを作りに行っちゃったから、一人で揚げていく。まずは牛カツの方から揚げていこう。

 時間を置かれて少ししっとりした牛カツのタネ。実家の肉屋から買ってきた平原牛のロース。食べたことはあっても揚げるのは初めてだな。静かに入れてっと。


 シュワーーーッ!


 油の温度が下がらないように、1枚だけ入れる。水分があるせいか、油はかなりバチバチ跳ねて、手や腕に小さく油がつく。さすような熱さにはもう慣れたけど。

 いつも通り、音と油が収まりだしたら、1度トングで持ち上げて色を見て、ひっくり返す。薄い黄金に色づいた衣に、期待が高まる。


 牛カツを3枚揚げきったら、次は粉をまぶしたつくねを油に静かに入れていく。こっちは表面がだいたい埋まるくらいには数を入れていく。


「──おっ?」


 こちらはパン粉衣より泡も音もおとなしい。シュワワーーっと細かい泡が広がるが、バチバチじゃなくて、少し時間を置くとカラカラしてきた。


「衣で油の跳ね方も違うのか」


 最初は沈んでいたつくねが浮いて、美味しい色になったら網杓子で取り上げて。第二陣投入! よし、全部入ったな。余った衣は揚げビスケット(俺発明)にしてっと。


「……美味しそうなものが、山盛りですね」

「お、レティセン。もう敬語いいよ。あ、このつくねはスープにも揚げてないやつが入ってるから、もっとあるぞ。こっちのやつ余ったら包んで持ってくか? 溶かしたチーズ乗っけたら、きっと旨いぜ」

「今やろう」

「シオンちゃんのバジルソースを楽しめ」

「はい……」


 てか俺らが苦労したニンジンドレッシングもきっと合うし、今だけの味を楽しみやがれ。


 揚げビスケットまで揚げ終わる頃には、魚出汁の玉ねぎスープも千切りキャベツも、最初に揚げた牛カツも盛り付けられている。俺が第1陣のつみれを盛り付けたら、バジルソースとニンジンドレッシングをかけて……完成だ!


 籠入りのカトラリーが用意されたカウンターに皿を持っていきながら、揚げ物の違いを見比べる。パン粉衣はサクサク、トゲトゲしている。一方粉衣はサクサクはしているが、タネの形がはっきり分かる。……まぁ、そんなところ。

 右からシオンちゃん、俺、レティセンとカウンターに並んで座る。命に感謝して、いただきます。


「さっそく牛カツからどうぞ、召し上がれ」

「はい」


 左隣のレティセンにご褒美を勧める。言われたレティセンは落ち着き払っているようで、その三白眼は軽く見開かれて、大きく吸った息で胸と肩を張っている。ナイフとフォークを手に取り、サクサク衣にそれらを添えた。あ、切るの忘れてた。まぁいっか。

 ザクッ、ザクッ、とナイフで切られた牛カツの断面は、半分ほど赤さが残っている。理想はもっと赤い方が良いんだが、悪くはないんじゃないか?

 ゴクリと、小さく唾を飲んだレティセンは大きく口を開けて、牛カツを頬ばった。


 サクッ、サクッ、サクッ……


 頬越しに聞こえてくる、軽い食感。そして止まった咀嚼音が気になって顔を見れば、レティセンは瞼をふるふると細め、鼻から抜ける香りを堪能しているようだった。うっすら上がった口角が、味の感想を物語っていた。


「俺たちもいただこう」

「うん」


 悪くない揚げ加減の牛カツを切り分け、まずはソースを付けずに、ぱくり。……うん、うまい。

 肉の歯切れも良いし、噛めば噛むほど下味の塩味のついた肉汁が口にあふれる。その脂が残ってる口にキャベツを突っ込み、ニンジンドレッシングを含めた甘さと爽やかさを楽しむ。


「うまぁ……」

「ドレッシングも食べやすいよ。ちょっと辛いのは玉ねぎかな。それが味を引き締めてるね」


 シオンちゃんはキャベツから食べたみたい。意識してんね。

 次はスープに手を付けた。半月のセロリ、細切りの玉ねぎがくったりするほど煮込まれた、魚のつくねスープ。楕円形なのは、スプーンで成形したから。一口で行くと汁が熱そうだからとスプーンで押し切ると、表面はふわふわで、中はむっちりしてた。スープは色んな魚の出汁と火の通った玉ねぎの甘さが効いていて、身体に染みるやさしい味。半分にしたつくねは、こちらも噛めば噛むほど色んな魚の味が広がって、うんまい!


「骨は全部抜かれてて助かったわ。だから身が割れてたんだろうけど」

「そうだったんだ。それは確かにありがたいな。ちなみに、魚の種類は分かりそう?」

「ぜーんぜん!」


 自信満々で可愛いなぁ。

 揚げつくねにもナイフフォークを立てる。カリカリした表面。むちっとした中身。こちらは最初からバジルソースをつけて、ぱくっ。……うん! チーズとバジルが前面に! でもサクむち食感と後から来る魚の旨味がいいね。俺はコレ、トマトソースで煮込むのも好きかも。


「美味しいね、シオンちゃん」

「うん。アドリブ料理だからどうなるかと思ったけど……ふふっ」


 満足のいく結果にご満悦なシオンちゃん。すごいぞシオンちゃん。いつもありがとうシオンちゃん。


「レティセンは牛カツ、どうだった?」

「……美味すぎる。毎日食いたい」

「はははっ、ありがとな。……そういや、肉とキャベツのパンケーキ、まだ食べ飽きてねぇの?」

「……主食を?」


 あ、こいつの毎日食べたい発言、本気かもしれん。牛カツは主食じゃないけど。


 大量に揚げて、やっぱり余ったつくねは、約束した通りレティセンに大半をあげた。おすそ分けでもしてくれ。


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