勧誘とお祝いの牛カツとすり身揚げ(2)
「それじゃあ、始めよう」
救急箱にポーションをしまってから、改めてレティセンとの検証実験を始めた。
ニンジンの水分を凍らせる実験だ。判定は、俺がニンジンから熱を奪えるかどうか。大きな目標のための第一歩として、まずは冷やすことから始めよう。
レティセンはニンジンを両手で持つと、見えているオレンジ色に目をやって、じっ……と固まった。ニンジンの中の水分を探しているんだろう。魔力を流して探知した水分から、動くことを奪う。
「……スゥー」
静かに息を吸ったレティセン。きっと水分を見つけて、動きを止めようと魔力を流し始めたんだろう。心なしか、ニンジンが薄く白くなったような。
「フェルティ師匠。冷たくなりました」
「あぁ、確認する」
嘘だろ、まさか一発で……? 戦きつつニンジンを受け取ると、間違いなく冷たくて……。
「お前、独立する?」
「いくら何でも早すぎないか?」
暑い季節になるこれからの需要を思って褒めたら、レティセンも敬語を忘れてツッコんできた。さすが金貨2枚分のポーションをポンッと出せるくらい稼いでた元・C級冒険者。魔法のセンスが良すぎる。
「完全に凍ってるってことでいい、んですか?」
「いや、さすがにまだ熱は奪える。あー、中央はほんのりしか冷えてないな。これは10分も放置すれば元通りだろう」
「ダメじゃねぇか……」
「理想高くするの早すぎねぇか?」
水属性魔法で凍らせられたのがまず快挙なのに。しかもあれがたまたまじゃなくて、ちゃんと再現できてるのも凄いことだし。
それから、大事なことが残ってる。
「レティセン。魔力の残量はどうだ?」
「ん? あー、あと6回は同じことが出来そう、ですね」
「1回の凍らせ魔法で、お前の得意魔法は何発出来る?」
「…………機動力を高める“乗せ風”が、30回は……いや、25」
「消耗が激しいままなのは分かった」
数をこなせばどうにかなるタイプだと良いんだが……。魔術のように、因果や原理が分かれば改善できるタイプなら、学園に通ったワケもない俺には手も足も出ないぞ。……コツは、自分で掴んでもらおう。
「ともあれ、あと6回は出来るんだな? じゃあもう一度、ニンジンを凍らせる訓練をするか?」
「もちろん」
「レティセンにはこれから、弟弟子たちに指導を頼むことも多くなるはずだ。出来るだけ、言語化できる感覚を掴んでほしい」
「…………はい」
基本は寡黙なレティセン。説明頑張れ。今勧誘してるナバーも、きっとすぐ来るからさ。まぁアイツは天才だから、多分兄弟子は苦労しないと思うぞ。
レティセンは結局3回訓練して、最初ほどのあまり大きな進歩は無かった。いや、ミスしないの凄すぎん?
体調の変化とかコツを掴めたかどうか聞いてたら、シオンちゃんに呼び出された。ドレッシング作ってほしいって。そういやそんな話してたな。
「魚を叩いてたら疲れちゃって。邪魔してごめんね、フェルティくん。あ、レティセンは魔法上手くいった?」
「順調。そうだレティセン、次は水分のあるトマトでやるぞ」
「に、ニンジンをクリアしてからじゃ……」
「ニンジンが凍りきらなかったのは、水分が少なすぎたからかもしれないからさ。それと、水分量で消費魔力が変わるかの検証もしたいし。俺は、熱属性は変わるぞ」
「そういうことなら」
シオンちゃんに呼び出されて伝えきれてなかったことを伝えたら、ちゃんとエプロンを着けて、中央の作業台に乗った野菜たちをすり下ろし始める。
ドレッシングの材料は、野菜がニンジン、玉ねぎ、ショウガ。他にお酢、塩、桃のコンポート。野菜をすり下ろして、他の材料と混ぜるだけ。そのすり下ろすのが大変なんだけどな。
「うぅ……。玉ねぎ、冷たくしても目に染みる……」
汁が飛び散らないように玉ねぎは半分凍らせている。力は要るし、結局は染みるんだけど、やらないとシオンちゃんまで泣いちゃうし……。少し苦労しながらも、レティセンにも協力してもらって野菜をすり下ろし終えた。野菜を一纏めにした木のボウルに、モルトビネガー、塩、刻んだ桃のコンポートを加えて混ぜた。味見をしてっと。うん、すっぱあまい。
だいぶ野菜の割合の多い、ショウガの効いたニンジンドレッシングだ。出来たものは保冷庫に入れて、俺は揚げ行程に、レティセンはキャベツを切りに行った。昨日、野菜カツだからって千切りキャベツは抜いたんだけど、あった方が食べ進めやすい気がする。頼りにしてるぞー。
……なんか閃いたぞ。生より茹でキャベツの方が合う気がしてきたから、今度はそうしてみようかな。