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勧誘とお祝いの牛カツとすり身揚げ(1)

 本日の朝日は、分厚い雨雲に遮られ、拝むことは叶わなかった。

 深夜から降り続いた雨は空気をしっとりさせ、領の誇りのエノールミ湖の水を冷やし、濁らせた。しかし漁師たちには関係ない。晴れていない、明度の控えめな漁場は、活性の上がった魚たちの警戒が比較的小さくなるからだ。

 太陽の光量が控えめで薄い影の世界。俺は漁師向けの小さな氷を大量に作りながら、ナバーを弟子に勧誘していた。


「氷~? フェルティ兄ちゃん、俺、水属性1本だよ? ホントに出来んの~?」

「知っている。大量にできるかどうかを、お前に試してほしいって話しだ」


 ナバーは実家の近所の男の子で、チビだが15歳の男だ。水の魔法適性が強めに出ていて、水の中を自由に泳ぐ魚を観察しまくった結果、『魚は水の中で息をしている』ことにヒントを得て、水から空気を生み出す魔法を編み出した天才だ。

 徹底的に魚を真似していて、泳ぎも達者。魔力が尽きるか腰の網がいっぱいになるまで素潜り漁を続けられるから、そこそこ稼いでんだって。


「これは弟子入りスカウトだ。俺は報酬を払うことはないが、お前が俺に稽古代を支払う必要も無い。ナバーには水属性適正者でありながら氷を作れるかを俺の下で検証してもらい、俺はお前に金じゃない贅沢をさせてやる」

「あ、もしかして噂の“揚げ物”? 食わしてくれるんなら毎日やるー!」

「意気込みは立派だが、魔力消耗がとんでもないぞ。即時効果の魔力回復ポーション1本消費して、すぐ解ける氷の破片しか実績ないぞ」

「湖に潜れなくなるのは困るなー」


 欠点を聞いたナバーは、だだっ広いエノールミ湖に目をやって苦笑した。風が吹いて波打つ湖面から、1匹の魚が跳ねた。あれ、モンスターの方かな。ナバーがちょっとイラっとした。早く漁に行かせよう。


「まぁ、ゆっくり考えてくれ。どうせほぼ毎日ここに来るし、返事はナバーの考えが纏まってからでいい」

「お、ありがと。でも夏に稼げそうな話だから、多分受けるよ」

「そうか、ありがとう」


 前向きな返事を受けたところで、待っててくれてた相棒に呼ばれて、ナバーは船で湖へと繰り出した。

 ナバーが自分で氷を作れるようになったら、少しは俺の負担も減るだろう。あいつは天才だから、多少期待しちゃうな。



 さて、今日は金曜日である。毎週金曜日は領主館への納氷日であり、弟子のレティセンとの稽古日である。

 何より今日は、先週氷を作れたレティセンへのお祝いとして、牛カツを振る舞う日だ。


 そんなレティセンが、妙なものをウチに持ち込んだ。


「あらまぁ……」

「な、なんだよこの、見るも無残な魚の死体は……!」

「言ってやるな……」


 顔を逸らしたレティセンが言うには、領主館のシェフ、エルナン(ムキムキのアイツ)に持たされたらしい。今日は色んな魚のモンスターが大量だったから、新人たちが捌く稽古をしたらしい。

 内臓を取り、うろこを取り、頭を落とし、三枚に卸したり、中骨を取ったり。皮が引かれたり、引かれなかったり。

 これらがきれいに盛られていたら話は変わっただろうが、現実は変哲のない茶色の壺に、割と雑に詰められている。しかも新人が数をこなしたという前評判を裏切らず、身はそこそこ割れている。


「『すり身にして食べてくれ』と、押し付けられた……」

「まぁいいんじゃない? つくねにして揚げれば可愛いものが出来るんじゃない? あ、牛カツも忘れてないからね」

「ありがとう、シオンちゃん。無事に魚たちをどうにかできそうだ」

「揚げるところまで魚たちの処理は私がやっとくから、フェルティくんとレティセンはお稽古頑張ってきて」

「助かるよ。じゃ、ニンジン1本貰ってくね」


 手を振るシオンちゃんに見送られて、俺らはカウンター席に入った。


 俺からニンジンを手渡されたレティセンがフッと笑った。


「最初から、こうしていれば……」

「だぁ! お前っ、気にしてんだから言うんじゃねぇ! 継続効果の魔力回復ポーションを領主から融通してもらって感謝してるよ!!」

「どういたしまして」


 くっそこいつ、俺が金貨2枚を無駄遣いしたかもしれねぇことを笑いやがって。

 そうだよ。何も1週間前、普通のお水で実験しなくたって良かったんだよ。そりゃ大きな目標は氷を作ることだが、その時点では冷やせることが分かれば良かったし、それなら直接触れてた方が分かりやすかった。つまり、水分量の少ない生野菜に手を触れて、水の動きを止める魔法を実験するべきだった。

 そうしていたら、レティセンは倒れるほど魔力を消耗することは無かったし、俺たちも損失を出すことも無かった。……金貨2枚は、勉強代にしては高すぎるって!


「……実験をする前に、コレ。渡しておきます」

「ん? ……は、はぁ!?」


 頭を軽く抱えていた俺の前に掲げられたのは、薄く四角いポーション瓶に入った、濃い紫色の液体。その色は魔力回復ポーション。それも、即時効果の!


「お、おま、これ……!?」

「出来る限り、弁償はしとこうと思いまして」

「元・C級冒険者は凄まじいな……」


 これを軽くポンと出すなんて。俺が人生で使ったことのないポーションを、たまに(・・・)の頻度で使ってたんだろうな。命にかかわるから。


「ありがとな。この恩は、レティセンが簡単に氷を作れる方法を開発することで返すよ」

「頼みました」


 レティセンから手渡されたポーション瓶には、中身以上の責任の重さが詰まっていた。


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