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衝撃との出会い、これまでとの別れ(1)

 凍らせ屋の朝は早い。


 空が白む頃に馬に乗り、騎手で妻のシオンちゃんの背に縋って、街の北西側にある巨大な湖、エノールミ湖へ向かう。漁船と魚市場に納品する氷のためだ。


 パカッパカッ、パカッパカッ。

 人がまだほとんど出歩いていない石敷の道を馬でゆっくり駆けていく。上下に軽く跳ね、落ちないように気を張るのは良い眠気覚ましだ。


 漁港に着くと、漁師のおっちゃんに「早よぉ来い!」と怒鳴るように呼ばれて、走って向かった。一番手前の舟の前に用意された特殊な形の容器と、舟主の前に立つ。


「おはよーさん。今日も締め用の氷を頼むぞ」

「おはよう。毎日急かさないでくれると嬉しいんだが」

「呼ばなきゃお前さん、ずーっと姉さん女房の腰抱いたままだろうが」

「うるせぇよ」


 笑うハゲのおっちゃんに揶揄されつつ、背負いカバンにしまっていた防寒用コートを羽織って、真四角型の仕切りが多くて浅い容器に、上下から手を当てた。


「“凍れ”」


 一言唱えれば、容器に張った水がみるみるうちに凍って、冷気が迸った。

 凍らせたそばからおっちゃんが容器を回収して、釣った魚を入れる木箱の上でひっくり返して小石サイズの氷を落としていく。製氷皿は5つ。凍らせきったら挨拶もそこそこに、次の舟へ向かった。


 これを全12舟分こなしたら、次は併設の魚市場に。こっちは規模が大きいが、でっかい水入り容器に魔力を多めに注げばいいだけだ。

 と、その前に。


「フェルティくん。一回休憩ね。はい、お茶」

「ありがとう、シオンちゃん」


 馬を繋げに行っていたシオンちゃんが、地下の氷室に繋がる階段の前で俺を待っていてくれていた。そして木のカップに入った白湯を渡してくれる。まったく、俺は水をお湯にするくらいお茶の子さいさいってのに! わざわざ厨房に出向いて用意してくれるなんて、俺は愛されてる! そんな愛情を口に含むと、冷えていた体がブルッと震えた。



 俺は熱を操る魔法を扱える。

 物体に熱を与えて温めたり、火を起こしたり。

 逆に熱を奪って冷やしたり、凍らせたり。


 なかなか使えると自負する魔法だが、長く使ったり威力を高めすぎたりすると、反動もある。身体が火照ったり、火傷したり。芯から冷えたり、凍傷したり。

 ちょっと不便なのが、自分を含む生物には俺の魔力は通らないこと。反動を魔法で直接対処できないのは、何度も思うが不便だ。


 とはいえ、こうして白湯を飲んだり休憩すれば問題ないのは、凍らせ屋を初めて4年目を迎えた俺らが知っている。


「今日も鮮魚用の巨大氷を5柱と、氷室用の氷3柱、だって」

「あぁ、体も起きてきたから、一気に済ませる。すぐ終わらせてくるから」

「えぇ、集金してくるわ」


 凍らせ屋は夫婦2人3脚、役割分担して頑張っている。


 氷柱を3つ仕上げて、氷室のある地下室から出た。仕事の早いシオンちゃんがもう待っていてくれていて、また白湯を渡してくれた。身体が目覚めたから、しばらくは大丈夫なんだが、愛情はいくら貰っても最高だからな!


「氷作りお疲れ様。今日はこれから東エリアの診療所まで送るね。はい、これ。今日行く納品先のリスト札」

「ありがとう」


 リスト札は契約先を掘った木札のこと。縄を通せる穴が空いていて、終わったら逐一青く染めた縄に移す。カランカランと音がうるさいが、何枚も紙を消費するよりは経済的だ。

 今日は東地区。肉屋が2つ、魚屋も2つ、診療所1つに、冒険者ギルドの解体所、中央診療所、領主館。8件か……。


「毎日そうだが、夕方までかかりそうだな」


 役割分担してるんだが、仕事量が多い上に、ほとんどは徒歩移動だから、時間がかかる、かかる。


「俺がそばについてない間、気を付けてくれよ、シオンちゃん」

「もう、過保護なんだから。事務も家事も、買い物も、私とリンドちゃんに任せなさい!」

「ホント、頭が上がらないよ」


 妻のシオンちゃんが家のことをやってくれるから、俺も全力でこの仕事が、3年以上できてるんだ。稼いでこないとな!


 カップを厨房に返却しつつリンドを迎えに馬留め場に向かっていると、シオンちゃんが「あっ!」と思い出したように声を上げた。


「うっかりしてた! 今日は領主様に夕食会に招待されてたんだった! フェルティくん、1つ手前まで終わったら一度家に帰ってきてね」

「あぁ、そうだったな。じゃあ分かりやすいようにリスト札返すよ」

「うん。ねぇ、楽しみね!」

「……絶対、勧誘だぞ」


 この町の中央部分に居を構える領主。良い領主で気安いお人柄なんだが、事あるごとに専属にしてこようとするから困った人でもある。今日の食事会も契約して3周年を迎える記念だと言うが……。

 シオンちゃんはそんな俺の憂えを笑い飛ばす。


「いつもどおり、断っちゃえばいいのよ! ウチの実家の肉屋にも氷を融通利かせてくれなきゃ困るんだから、私も頑張るわ」

「シオンちゃん家は俺の実家でもあるからなー」


 6歳の頃からずっと一緒。もはや実親の顔もうろ覚えなくらいには、あそこは俺の居場所。恩返しできなくなるのは困るし、シオンちゃんも協力してくれるなら何も心配はないな! するけど。


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