グレーな依頼と野菜のカツ(1)
最近は朝も夕も野菜を中心に食べている。今まで知らなかった揚げ物のせいで脂質を取りすぎて、腹周りが気になるからだ。
特にシオンちゃん。運動を兼ねてほぼ毎日リンドに乗馬して、実家近くの八百屋に新鮮な野菜を買いに行っている。
元々リンドのご飯のために毎日行っていたし、肉も実家の肉屋で買っていたけれども。
今日の朝食もサラダがメインだった。
一口サイズにちぎったレタス。ピーラーでスライスしたニンジン、きゅうり。少し束感の残る茹でトウモロコシに、白と赤の茹でインゲン豆。水にさらしたスライス玉ねぎ。
それらをまとめるのがオイルドレッシング。澄んだオリーブオイルに塩・こしょう、レモン汁なんかを混ぜ合わせた、オリーブ香るドレッシングだ。
それを朝・夕。シオンちゃんに至っては昼食にも食べているとのこと。野菜の食べ過ぎで、逆にお通じに悪いような気がする。それに毎食準備の手間が大きすぎる。
文句はそれくらいで、とっても美味しいからシオンちゃんの無理がない範囲で続けて欲しい。
とはいえ、こういう展開になるとは思っていなかった。
「隣の青果店にも融通しろって……。それバレたら暴動起きちまうだろ」
「なんだフェルティ、シオンから聞いてねぇのか? “世話になりまくってるから許可する”って」
「……聞き間違いじゃなかったのか」
シオンちゃんと半分俺の実家であるガナド精肉店。家畜もモンスターも解体できる優秀な肉屋だ。
そこにも当然氷を納めているのだが、今日は養父で義父のガナドから、不安になる話を聞かされている。お隣さんでシオンちゃんが毎日世話になっているザラフォリア青果店。そこにも氷を納品してくれって話だ。
ガナド父さんは「んな不安になるな」と作業中の俺の背中をバシバシ叩いてくる。やめてくれ筋骨隆々。水が揺れると凍らせにくい。
「シオンが隣に世話になりまくってんのは周知の事実だ。特に最近は異常なぐらいな。馬で乗り付けて目立ってるし。そんな下地があるから、周りも『あそこはしょうがねぇ』って許してくれんだろ」
「だといいんだけどなぁ」
これから暑くなるのに、それを許して大丈夫だろうか。……でも、オーナーのシオンちゃんが許可してんのに、俺が反対したってしょうがないよな。
隣の青果店に向かおうとした俺だったが、ガナド父さんから「そんなことより」って張った声で話しかけられた。
「お前たち、いつになったら俺たちに揚げ物を振る舞ってくれるんだ? こっちはよだれ垂らして待ってるぞ」
「うっ……。りょ、料理上手な母さんと、舌の肥えた父さんを満足させられるほどじゃ……」
「関係あるかぁ! というかまだ弟子が少ない今のうちだろうが! はぁ、仕方ねぇな。来週水曜日。夕食時に邪魔するからな」
「はぁっ!? ちょ、んな勝手に!」
「平原牛の肩ロース肉、ステーキカット済みを持ってってやる」
「シオンちゃんの大好物……。予定開けて待ってるな」
「よし!」
強引に日程を決められたが、そう悪い話じゃない。義両親で養い親との食事会と考えれば普通のことだ。
……揚げ油の消費が、早くなっていくな。弟子が増やせていないのに油をねだるなんて、そんな恥知らずなこと。やったら変な要求されそうだし。
……ん? 弟子? あぁ、なら、アイツ引き込めばいいじゃん。
ガナド父さんと売り場のアマネセ母さんに挨拶してから、右隣のザラフォリア青果店にお邪魔した。当然俺の顔を知っている売り場のおばちゃんは俺を店の奥に通した。
木箱が積み上がっている裏の中で目立つのは、小さな銀色の箱。俺がいつも見ているものより半分の大きさの製氷器。それが1個だけってことは、私的利用ってとこか。器の中には水がすでに張られていて、分かってるって感じ。
「フロラおばさん、この氷は何に使うつもりなんだ?」
「冷たくして飲みたいもん、飲むのさ! アタシも主人もウィスキー好きだからね。これから氷のグラスを削り出すんだよ」
「すごいこと考えるなぁ。俺も覚えてたら削り出してみよっと。それはそうと、フロラおばさん。ナバーって確か水属性だったよな」
「あぁそうだよエノールミ湖の水中ダンジョンに今日も潜ってるよ。うちの手伝いもしないでね!」
「あれ? まだ13歳くらいだよな? もう家出てんの?」
「もう15だよ。少し早いけど、普通だね」
嘘じゃん。いつの間に。漁港で顔合わせてるけど、あいつまだチビだぞ。身長はこれからか。
「それで、うちの子に何の用だい?」
「あーそうだ。実は、水属性でも氷が作れる可能性が見つかったんだ。でも今のところはコストが高すぎて商売にならなくて。そのコストが減らせるかどうかの検証をナバーに頼みたいんだ」
「ふーん? それは依頼かい?」
「違う、弟子入りスカウト。こっちの方が利があるんだが……、明日も顔合わせるし、本人に提案するよ」
ここに帰ってきてると思ったから、おばさんに話しただけだし。成人前だから親の許可は必要だけど、それも本人の意思を確かめるのが先だからね。
鉄の箱を4辺周って、熱を奪っていく。最後に上から強めに熱を奪って、夜まで氷が溶けすぎないように意識して凍らせた。さて、フロラおばさんたちはこの氷から何個グラスを削れるかな。