困難と鶏肉巻き野菜のカツと可能性(6).
静かに暮らせればそれでいいと思っていたが、元C級という肩書きが許してくれなかったらしい。
燻ぶっていたところを自宅の集合住宅に押しかけてきたのが、領主だった。
「君、今は冒険者活動をセーブ中らしいね」
「……まぁ」
一生セーブするつもりだが。目をあからさまに逸らした俺を気にすることなく、領主は続けて話題を振ってきた。
「凍らせ屋を知っているかい? 今、こちらが弟子を熱烈募集中でね。僕としても氷を生産できる人材が増えることは喜ばしいから、協力しているんだ」
「はぁ……」
「でも、今のところ一人も弟子になってくれなくてね……」
なんで、そんな話を?
凍らせ屋は知っている。若い男が漁港や肉屋、ギルドなんかに氷を売り歩いてバカ程儲けているらしいが、現場に自ら出向くから効率が悪すぎだ。と、親しくなったギルドの魔物解体職員が苦笑しながら言っていた。重い氷を運ばなくて済んでいるから、多少高くても止めるつもりは無い、とも。
さて、そんな凍らせ屋が弟子を歓迎していると。領主まで協力して。……そんな儲かりそうな話、なぜ誰も乗らない? なぜ俺に提案する? 俺、35歳だぞ? もっと若い方が、想像力豊かで可能性は高いのでは……?
何も言わない俺を領主は笑う。
「疑問で頭がいっぱいのようだね。さしずめ、“どうして儲けられそうな話に、誰も手を上げないのか”。といったところかな?」
「……そうですね」
「氷の需要はずっと高いのさ。彼らも膨れ上がる需要をどうにかしたくて弟子を募集している。……けどね、やはり条件が難しくてね」
「条件?」
「教会に尋ねても、フェルティのような“熱属性”と分類される魔法適性を持った人物は、少なくともエノールミ領には存在しない。氷属性の適正者も残念ながらね。まぁこちらはそもそも、フェルティの弟子にならない予感がするがね」
遠回りする必要が無いからな。んで? どちらでもない俺に話を持ってきた理由は? 俺にボロ儲けする気概は無いぞ。
まっすぐ目を見据えてくる領主に、気まずい心地になる。
「もう2つ、問題があってね」
「2つも?」
「あぁ。1つは、フェルティが弟子を取るには若すぎること。20歳になったばかりだから、周りも『調子に乗るな』とね」
そんなに若かったのか。そのくせ美人を娶ってやがるし。嫉妬と変なプライドで集まらないのも納得かもしれん。
「もう1つが、フェルティ本人が人を指導する経験に乏しいことだ。やり方を知らないわけではない。彼なら一人ひとりに寄り添った指導をするだろう。しかし、彼の特性は今のところ唯一無二。魔術学校などに通っていないフェルティは、他属性の魔術・魔法を見聞きする機会が少なかったために、氷作りへのアプローチも少ないだろう」
「……氷や熱属性以外に、氷が作れると、思っているんですか?」
それはもう、大自然の力だろ。
少し呆れている俺へ、領主は微笑んだ。
「まさか。そんな夢のような話、期待するほうが愚かさ」
じゃあなんで俺に話振ってんだコイツ。俺の適性は風と水だっての。
「君にお願いしたいのは、フェルティの指導者としての経験値になって欲しいということだ。結果的に君が氷を作れなくても構わないよ。求めるのは、フェルティに指導者とは何かという感覚を掴ませることだからね」
「……なるほど」
一気に腑に落ちた。腑抜けていて、変にプライドも高くなさそうで、金に執着している様子もない。ギルド内での態度から年下にも表面上敬意を払えると判断された。そんな俺なら、凍らせ屋を困らせることはないだろうと。いや、知らんが。
主体的にやりたい事もないし、話を受けることにした。すると、あれよあれよと馬車の御者に仕立てられ、凍らせ屋専属の御者となり、凍らせ屋の弟子候補となった。
フェルティ師匠は少し傲慢な一面もある青年だが、あれはいいように使われないようにという自衛なのだろう。善良さが表情にも出ているし、伴侶への態度を見れば、彼を誤解することは、金の亡者などという思い込みは払拭されるはずだ。本人が街を毎日練り歩いて、夕方にはヘトヘトになってる姿も目撃されてるしな。
……それでも、妬む人間はいる。そういう人間から守ること、認識や意識を変えさせることも、俺の仕事になるのだろう。……あまり口が達者でない俺には、態度でしか示せないような。
過去に浸ってしまっていたな。
男爵の前を失礼して、馬小屋へ向かう。ここ一ヶ月で相棒になった、馬のフランテブランカに挨拶をしようと。
朝とも昼とも言えそうな時間帯。薄雲は日差しを優しく遮り、過ごしやすい気候だ。きっと、馬にとっても。
馬小屋の木枠から顔を出している4頭の馬。濃度は違えど全て茶色の毛。艶やかな毛並みや切り揃えられた鬣から、馬たちが愛を込めて世話されているのが伝わってくる。馬について素人な俺は、餌やりと水やりくらいしか満足にできないが……。
1頭1頭の顔つきが分かるほど近寄ったところで、こげ茶色で額に白い模様がある馬がこっちを向いた。
ブロロロと鳴いて、俺を呼ぶように頭を緩やかに縦に振っている。あったかい気持ちになる。
「よう、フランテブランカ。昨日はありがとな」
すぐ近くまで来たら、首を伸ばすフランテブランカの鼻の上を撫でる。擦るようにしっかりと撫でると、“もっと、もっと”と手に顔を押し付けてくる、愛らしい馬だ。
「また、月曜日はよろしくな」
今日もこれからギルドでモンスター解体の依頼をこなしてくるから、さよならだ。
『ブルルル……』
……あぁ、可愛いなぁ。もう少し、そばにいたい。
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