困難と鶏肉巻き野菜のカツと可能性(5)
弟子・レティセン視点
7月19日、土曜日。凍らせ屋のフェルティに指導してもらった翌日は、領主であるエノールミ男爵に報告するのが決まりだ。
そろそろ慣れてきた領主館の廊下を行き、先導するメイドが執務室のドアをノックした。
「男爵様、レティセン様が参りました」
「あぁ、入りなさい」
中からそう機嫌の悪くない領主の声が返ってくる。入室したら多少おざなりに挨拶しつつ、報告のために背をしゃんと伸ばした。
「おはよう、レティセン。昨夜もフェルティの下で修行に励めたかい?」
「はい。いくつかご報告できることがあります」
「ほう、それは楽しみだ」
万年筆を置いた領主が椅子に凭れた。いつもより話が長くなると判断したらしい。だが、手短に言おう。
「良い報告です。凍らせ屋フェルティの指導の結果、私レティセンは非常に薄くではありますが、魔法で氷を生み出すことに成功しました」
「な、なんだって!? なんて素晴らしい! おめでとう、君は氷の魔法適性は無かったはずだが、いったいどうやって! さぁ、ここで見せてくれたまえ!」
まぁ、こんな風になるよな。前のめりになった領主を気落ちさせるのが心苦しい。
「方法は、“水から震えを奪うことを意識して魔法を行使すること”」
「震え? よく分からないが、目からウロコの方法だ!」
「そして、悪い報告です。すぐに溶けてしまう薄い氷を作って、即時効果の魔力回復ポーションを服用しました」
「費用対効果が悪すぎる……!」
報告を受けた領主は額に手を当てて仰け反ってしまった。
しかしそれも数秒。上体を起こし、机に両肘をついた領主は重ねた手の上に顎を添えた。
「氷属性や熱属性といった、それらしい適性が無くとも突破口を発見できた事は、望外の喜びだ。発見したばかりなのだから、効率などはこれから磨いていくことにしよう」
長い目で見てくれるようだ。
「継続効果の方だけど、魔力回復ポーションを融通しようか。そうだ、弟子1人あたり2つ、補填式で。今は君だけだから2つだけだね」
「ありがとうございます。フェルティ師匠も懸念していたので、安心すると思います」
「それは良かった。あ、不自然に減りが早いと、料金を徴収するとも伝えておいて」
「……了解」
転売するような人柄ではないが……。いや、これは俺や、これからの弟子たちに言っているのか。飲むならフェルティ師匠の前でだけと決まりを作るよう提案しよう。
いくら金に困っても自制し、弟弟子たちを窘めなければ。その為の、男爵との契約なのだから。
男爵領主と出会ったとき、俺は人生のどん底にいた。
3か月前まで俺は、C級冒険者パーティー『風まかせの大鳥』の戦士として所属していた。
リーダーの魔法使いは明るい奴だったが、故郷を滅ぼした火吹き鳥を追っている、執念深い男でもあった。
前に出たがるリーダーの魔法使い。態度だけ女な逞しすぎるタンク。素材を自分の手で集めたい錬金術師。荷物で負荷を得ようとする武闘家。そして、戦士の俺の5人パーティー。
愉快な奴らだったよ。
ネームドの火吹き鳥を探していた俺たちは、目撃情報をもとに各地を転々としていた。そして、ついに居場所を突き止め、追い詰めた。
奴の吹く火の中で死闘を繰り広げ──俺が切り飛ばした火吹き鳥の首と引き換えに、俺以外の4人が、死んだ。
火に巻かれ、爪で引き裂かれ、飛ばしてきた羽に貫かれ。気付けば、俺だけが生き残っていた。
唯一顔面が残ったリーダーは、村の敵を討てて、満たされた顔をしてやがった。
巻き込まれたなんて思っていない。冒険者は死と隣り合わせなことは語るまでもない。命を賭して目的を果たせたリーダーを立派だと讃えてさえいる。
……ただ、寂しかった。
敵を討ち取っただけ。長年支えあった仲間を全て弔って。果たして、多くを失った俺に、何が残ったのか。
広い世界を冒険したかったはずの人生の目標は、いつの間にかリーダーの旅の目的と同調し、すり替わっていたんだ。
火傷痕で皮膚が引き攣り、満足に武器が振るえなくなってしまった俺は、前へ進むことにすっかり興味を失ってしまった。
エノールミ領の領主街に居を構えたのは、故郷の中でも発展し、生活に困らなそうだったから。人が多ければ依頼数も多い。稼いだ金は腐るほどあるし、できる依頼をこなせばボケずに生きていけるだろう。
自死する決意が下せなかった俺が編み出した、死ぬまでの生き方だった。