困難と鶏肉巻き野菜のカツと可能性(4)
早速実験しよう。裏から水を張った木の平皿を持ってきて、成功率を高めるためにかなり冷やした。『レティセンは冷水を出せないから、練習にならない』? バカ野郎。今は出来なくても、氷作れるようになるなら通過点として冷水作れるようになるだろ。
ミルクアイスを大口で食べきったレティセンが、冷水の平皿へ手をかざす。左手を手首に添えた右手は、徐々に皿との距離を短くし、あわや水に手が付く距離まで来た。筋肉質な手は力みすぎてぷるぷる震え、赤くなっている。その手の熱気で氷が溶けそうだ。
「レティセン、完成のイメージをしろ。氷は硬くて、冷たくて、動かないものだ。その皿の水から、動きを止めろ。波打つことを許すな。震えを、奪え」
「震えを、奪う……」
俺の根拠のないアドバイスを口にして取り入れたレティセンはまず、自らの手の震えを抑えた。力を抜いたとも言える。
左手で手首を押さえたまま、右手をゆっくりと上げ、水から何かを取り上げるように指をすぼませた。──途端、レティセンが倒れた!
「おいっ、レティセン!?」
「イヤ! 大丈夫!?」
右手は平皿の水を叩いてパシャンッと弾けさせ、ドンッと前に落ちた頭は左腕がクッションになって、なんとか無事だ。息は肩でするほど荒いが、死にかけというよりは全力疾走した後のようだ。一気に魔力が持ってかれてしまった時に似ている。急性魔力欠乏症よりは軽いだろうが、十分苦しい。
やってしまった。夕食前にも魔法を使わせていたのに。未知の魔法なんて、魔力が大量に持ってかれるに決まってるのに!
「くそっ! 魔力ポーションを!」
《パシッ》
「ッ!? はいっ!?」
緊急時用の魔力回復ポーションを持ってこようと動いた俺を引き止めたのは、まさかのレティセンだった。動けんのかよお前!?
「……師匠、天才だな」
「はぁ?! おまえっ、なに余裕ぶって……!」
レティセンは俺の腕を掴む左手から力を抜くと、皿の上の右手を上げた。水浸しの中から彼が摘まみ上げたのは、薄い、薄い、透明な、破片。
「────これはッ!!!」
「……信じて、よかった」
「はっ、レティセン!」
誇り高そうな笑みを浮かべたまま、レティセンは再び頭を伏せ、右手もゆっくり、カウンターに転がった。
木製の平皿には、割れて溶けてきた薄氷がほんの少し、浮いていた。
結局シオンちゃんが持ってきてくれた魔力回復ポーションで事なきを得たレティセン。『高いし、休めば回復するのに……』と文句垂れてたが、ウチに泊まるのは許さねぇから。祝い? 宴? このあと馬に乗って帰るだろ? 酒を飲むなんてアブナイゾー。
「ポーションは当然こちら持ちだから気にすんな。それより、新しい挑戦をさせるのにロクな安全対策もせずに煽って、すまなかった」
「いや、そういう気付きの為の俺だ……。それに、新たな景色を見たいと決断したのも、俺だ」
「……そうか。ありがとう」
気遣いの言葉には心がこもっていて、ありがたいと同時に、すんごい照れくさかった。俺、弟子に新しい景色を見せられたんだ。真剣に考えて良かった。閃けて良かった。
照れた俺が面白かったのかクスクス笑っていたシオンちゃんが、むんっ! と気合いを入れて口を開いた。
「これはお祝いしなくちゃね! レティセン、欲しいものある? 調達できるならプレゼントするわ!」
「そうだな。初弟子の初氷祝いだ。とりあえず何か言ってみてくれ」
「……か、考えておく」
「そうか」
突然の成功と急な目標変更だもんな。戸惑うのも無理はないし、新たな景色に慣れてからでもいいさ。
「食べてみてぇ揚げ物でもいいぞ」
「あぁ、じゃあ、牛カツ」
「それは即決なのな……」
しょうがねぇな。しばらくレティセンとの修行の日は、揚げ物を夕食にすっか。最初からその予定だった? それはそう。
やる気をみなぎらせ、見つけた可能性を現実のものにしたレティセンは、これから魔法効率を高めていく段階に入る。
もう彼に、“候補”の字は相応しくない。立派な弟子よ。俺を立派な師に成長させてくれ。
……ちなみに、緊急用に置いていた即時効果の魔力回復ポーションは、1瓶金貨2枚だ。
鉄貨を最小の価値とし、大中小の銅貨・銀貨・金貨がある我らがグアダルキビール国の貨幣。俺ら庶民が生活で活用するのはせいぜい大銀貨までくらいだ。
バゲットが銅貨1枚で、包丁が小銀貨2枚から買えて、この家の月の家賃が小金貨1枚な中で、魔力回復ポーションは、金貨2枚。
これが継続効果とかなら、小金貨3枚とかなんだけど……。10年近く保存が利く上に命を救うものとはいえ、高すぎる。
……領主に掛け合ってみよう。弟子のためってことなら、少し肩代わりしてくれるかもしれん。あぁそうだ。レティセンは修行後毎回、領主に報告してるらしいし、口添えしてもらおう。
金貨1枚100万円くらいなので、即時効果の魔力回復ポーションは約200万円です。保存が効かないと払ってられないですね!