困難と鶏肉巻き野菜のカツと可能性(3)
何はともあれ、まずは腹ごしらえだ。
中身が分かるようにと斜めにカットした鶏肉巻き野菜のカツを、パプリカとアスパラガス1本づつ、千切りキャベツが乗った皿に盛る。仕上げにトマトソースをスプーン一杯分ドバッと乗せたら、メインは仕上がった。
今日はパンの代わりに、レティセンが焼いてくれた残り野菜の平たい雑パンケーキをいただく。6等分にしたそれを平皿に移したら、夕食の時間だ。今日の席順は、左からレティセン、俺、シオンちゃんだ。
「よぉし、冷めないうちに食べよう」
「えぇ、いただきます」
「…いただきます」
今日もこの料理に関わった全ての命と力に感謝して、カツをいただく。今回は切ったからそのままフォークで刺して、かぶりつく。
「! おー」
サクッと感は同じだが、口内に広がる美味い汁の量が段違いだ! 鶏の肉汁と、火が通りつつもカリッと歯ごたえの残るパプリカからも水分がじゅわっと溢れてくる。それの甘いこと!
「うっまぁ……!」
「本当! 豚肉で巻いて焼いた料理もあるけれど、それとはまた違うわね!」
「レティセンはどうだ?」
「……美味い。こんな大きさなら、酒とつまんで食いたいな」
「あぁ! いい発想じゃないか! そうだよ、タパスみたいに一口で食べれるようにするのもアリだ!」
「領主様たちみたいに上品である必要はないものね。一口サイズなんて、きっと可愛いわ!」
揚げ物についても思わぬヒントとヒラメキを得て、輝かしい揚げ物の未来に思いを馳せながら、カツを食べる。今日のメインもキャベツがよく合う。
残り野菜のパンケーキも薄っぺらいが故に野菜の風味を感じられるし、いい感じに腹も膨れる。この生地は何を入れても受け止めてくれるだろう。いかにも簡単そうに焼いていたし、レティセンが得意料理にするのも頷ける。
仕事であった出来事や、シオンちゃんがアイスクリームを作ってくれた話、元C級冒険者のレティセンは東西南北と各地を冒険してたからアイスクリームも食べたことある話などをしながら、夕食を堪能し、気付けば皿の上は綺麗なものだった。
腹が満たされたところで、そろそろ試そうか。
皿を流しの水桶に浸けたら、3つのミルクアイスと2つのカップをお盆に乗せて、カウンターに戻る。内側からバーテンダーみたいにガラスの器に乗ったミントアイスを渡したら、シオンちゃんから「それっぽ~い!」と好評だった。酒の飲めないバーテンダー。変なの。
「食べながら聞いてくれ。レティセン、お前に試してほしいのは、“水の動きを止める”ことだ」
「……何を言ってんだ?」
ミルクアイスを一口食べたレティセンは、その強面でできる最大の訝しむ表情を作っていた。こっわ。
「動きを止めて、何になるってんだ」
「端的に言えば、“氷が作れるかもしれない”」
「分かったフェルティくん。一から話して」
まってまって、2人揃って溜め息つくの止めて。特にレティセンお前。シオンちゃんと揃えるな。
「レティセンの霧の出し方と、カツの揚げ上がりの合図から思いついたんだ。水は震えると細かくなる。霧にもお湯にもなる。更に、こちらを聞いて欲しい」
ある証明をするために、白い方のカップに水を入れてもらう。それを湯気が出るほど温めたら、黒い方のカップに高さを出して注ぎ入れる。
チロチロチロ……
跳ねたお湯が熱いが我慢して、もう一度音を聴かせる為に黒から白へ注ぎ直す。
次は冷水。カップに結露が現れるほど水を冷やして、また同じように黒のカップへ注ぐ。
とぷとぷとぷ……
擬音は少し誇張したが、音の違いは認識してくれただろうか。お湯よりも冷水の方が音が重かったはずだ。
「聴き比べて分かってくれたと思うが、同じ水でも冷水とお湯では粘度が違う。なら、完全に動きを止めれば氷になるんじゃないかと考えたんだ」
「逆転の発想ってやつね! でも霧は熱くないわよ」
「蒸発する水もね。だが、そこには目を瞑る。魔法はイメージの世界だからな。……レティセン、お前の魔法操作力は素晴らしい」
風に霧も武器も乗せられる。暴風もそよ風も起こせる。魔力で水を発生させて、そこから震わせて霧も発生させられる。そんなお前なら。
スプーンを器に置いたレティセンの目を、しっかり見る。
「俺は、レティセンなら出来るって信じてる。冷風なんて言わず、もっと高みを。氷を目指そうぜ」
「……」
レティセンの揺れる緑の瞳は、一度まぶたの下に隠れた。それからゆっくり姿を現した瞳には、決意の色があった。
「やってやろうじゃねぇか」
「レティセン!」
あぁ良かった! 俺の拙い思いつきに、やる気を出してくれた!
嬉しくて思わず右手を差し出す。力ある笑顔のレティセンはそれに応え、俺たちは握手を交わした。