困難と鶏肉巻き野菜のカツと可能性(1)
初弟子候補のレティセンへの指導は、困難を極めていた。
レティセンへの指導は、領主館へ氷を納品に行く毎週金曜日と、第二、四月曜日のおよそ月6回だ。
今日は7月18日、金曜日。曇りの日暮れ。訓練所は受付しかない凍らせ屋の壁一つ隔てたすぐ後ろ。リビングの一角だ。
「それじゃあ今日も、冷風習得を頑張ろう。レティセン、俺に向かって風を放て」
「はい」
俺は草色の薄い寝巻きを着て、レティセンの送る風を受ける。体温で温まった体表の熱が攫われるのは心地よくて、日暮れ時なのも相まって眠たくなる。
涼風とは言えよう。……だが、冷風とは、言えない。
「レティセン、風の温度を下げることは出来そうか?」
「……いや、風自体は難しい」
「そうか……」
冒険者時代のレティセンは、風魔法で機動力を高めたり、風に小石や刃物を乗せて襲わせたり、落下物を下から風で受け止めたりと、高度な操作性を求められる運用をしていたそうだ。
だからそよ風を起こすくらい、何でもないみたいなのだが。まぁ、温度を意識したことはないだろうし、不勉強だが、風魔法にその力は無いのかもしれない。
……仕方ない。
「やっぱり、水魔法との合わせ技に主軸を置くしかないな。負担は大きくなるが、それでいいか?」
未練を捨てた方針にレティセンは一つ、深く頷いた。
「目標は、冷風を出すことなので」
極めている困難というのは、レティセンの氷への才能が乏しいこと。それに彼自身が自覚し、弁えていること。そして……最初から諦めている人間に対して、かける言葉が見つからない自分のことだ。
溜め息を噛み殺して、頭を下げる。
「知識不足で、すまない」
「! 頭を上げてく、ださい。弟子入り条件から違うのは俺の方だ、ですから」
「だが……」
確かに、俺が求める弟子の条件は、“俺と同じ、熱を操れる魔力持ち”か、“工夫次第で氷が作れる自信がある”人だ。凍らせ屋がこのエノールミ領に俺しか居ないことから、かなり特殊であることには違いない。
そしてレティセンは風と水の二種魔法適性持ち(とても珍しい!)だが、氷への適性は望みが薄い。その上、領主からも『氷が作れなくても気にしないで。彼は君が立派な師となるための布石だ』と、なんかよく分からない説明を受けている。練習台とは言いたくなかったのか?
とはいえ、レティセンはエノールミ領主推薦の弟子候補なんだ。何か、何か結果を出させてやらないと。
前かがみで腕を組んで悩んでいると、レティセンの送る風に湿度を感じた。さすが元C級冒険者、水を細かく細かく、霧状にして放出し、それを風に乗せて俺に浴びせてくる。ミストは肌に触れるそばから蒸発し、同時に体温を奪っていく。それが風に攫われていくから、涼しくってしょうがない。
「なぁレティセン。ミストを作るときはどんなイメージをしてるんだ?」
「? フェルティ師匠もできますよね?」
「今日は訓練切り上げ。もう敬語はいい。んで、俺のは蒸気、もしくは冷気。副産物であって、それ単体では作れない。だから、教えて欲しい」
魔法と魔術の違いは、イメージか、理論か。
頭の中のイメージのまま、魔力を火や水に変化させたり動力にするのが魔法。
火が何者なのか、水が何から来ているのかを理解して、魔力を原料にして発現させるのが魔術。……らしい。
どちらがより魔力を効率的に活用できるかは、言うまでもない。同じ才能なら、賢い奴が勝つ。まぁ、たまに想像力豊かすぎる奴が勝つこともあるらしいが。それはそれで、“本能や経験則で理論を理解している”ってことになるらしい。
そんな魔術理論を学ぶ学園とやらに通ったハズもない俺は、知識も経験も少ない、ザコ魔法使いなわけだ。それでも金は稼げてるし、自分とシオンちゃんが幸せになるだけなら今までどおりで良かったんだけどな。
風とミストを止めたレティセンは一回椅子に座り直すと、少し考えてから右手に霧を発生させた。
「なんて言うんだろうな……。魔力で、こう、手に空気から集めた水を纏わせて、魔力で震わせて……。そんな感じだな」
「震わせる?」
はて、つい最近震えることに関心を寄せた覚えがあるぞ。たしか、この間の揚げ物の時に……。
「ねーフェルティくーん、ごめんだけど、火事にならないように見守っててくれなーい?」
「穏やかじゃないな」
”火事”の発言はさすがに無視できねぇ。まだ揚げ物を一人でやることに不安があるのは分かるけどさ、言葉強くない? こっちには全身火傷で冒険者引退した人がいるんだよ?




