チキンカツサンドとシャリシャリトマト(2).
せっかくの弟子確保チャンスをふいにしちまったことに放心していると、女の子が声をかけてきた。
「ねぇねぇ。そのトマトもあっためるの?」
「ん? いや、こっちは噛めるくらいに凍らせる。水代わりだからな」
それは単純に旨いだろうし、果汁が零れにくくなるだろうしな。そう続けたら、トマトを見つめる女の子も「美味しそう!」と言ってくれたが……その目は。
「あたしもそれ食べたーい! オレンジ買ってきたら、凍らせてくれるー?」
「それはヤダ」
「えー。お試しもダメ~?」
やっぱり、ただ乗りしてきた。そういうのはやっぱりシオンちゃんに怒られるし、俺の魔力は無限に湧いてこねぇの。
「もう、 タダで得しようなんて、失礼だよ」
「だってー」
「だってじゃない。誰だって借りパクされるのは嫌なの。一緒に謝ろう? 凍らせ屋さん、ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
「あぁ。他人の善意に横着するような人にはなるなよ」
礼は言え。そして金は払え。それから……。
「そんなに凍ったもんが欲しいなら、お前さんが俺の弟子になるか、才能あるヤツを俺に紹介して、その修行の成果を金を払って手に入れろ」
そう言いながら、コートの内ポケットから1枚紙を取り出し、子供たちに差し出した。取り引き先でたまたま出くわした初見さんには必ず手渡してるものだ。
「“ 弟子入り 募集中”?」
「ああ。条件を満たせるなら、誰でも受け入れる準備は出来ている」
渡した紙には俺、凍らせ屋への弟子入り条件を羅列している。
“熱を操る魔力持ち”か、“工夫次第で氷が作れる自信がある”人。この2つ。さすがに年齢は10歳って下限はあるが、上限はない。この子供たちはお姉さんでも8歳くらいだし、やる気あってもまだダメだけどな。
「さ、俺たちもお前さんたちも昼飯食べ逃しちまう。帰りな」
「わかったー」
「じゃーねー!」
「……ばいばい」
「いきなりお邪魔しました」
素直な子たちは俺に手を振って、それぞれの屋台に帰って行った。親の躾けが良いんだろうなぁ。おっと、トマト、トマト。
「意外っすね」
子供達を見送ってたら、バラトに突然そう言われた。
「何が?」
「いや、フェルティさんって子供苦手そうだと思ってたんで。普通におしゃべりできるんだなーって」
「んーまぁ、別に得意じゃないけど、嫌いじゃないし」
氷製造にまだ可能性が多大に残っている存在だし。話しかければ、普通に応えるよ。
「それに、いずれはシオンちゃんとの子も欲しいし」
「そうでした。もう既婚者だったっすね。かーっ! 羨ましい!」
「バラトはいい人とかいねぇの?」
「恋人いるっすけど、まだ2人の時間を楽しみたい、の方が強いっすねー」
「そういう時期も楽しいもんなー」
トマト2個を両手で凍らせながら、いつの間にか恋バナに花が咲いた。いやいや、違う違う。早めに食べて、早く仕事を終わらせて、早く家に帰らねぇと。
カップ2つ分、トマト4つを凍らせた。テロホにニンジンやりを終えたところで、やっと昼食だ。
まずは水分補給に、霜がついた真っ赤なトマトにかぶりつく。シャクッ、シャリシャリ。うん。上手い具合にゆるく凍らせられた。トマトは加熱派の俺だが、こうやって食べるのもさっぱりしていいな。
「見込んだ通りっすわ! こりゃあ身体が冷えて、午後からも頑張れるっす! ん? テロホも食べたい? 馬ってトマト食べたらダメなんだよ~。えー、じゃあ1欠片ね」
「へえ、馬ってトマト食べちゃダメなのか。うちのリンドは見向きもしなかったから、好き嫌いしてんだと思ってた」
トマトに爪を立てて、シャリシャリシャリッとちぎって、バラトは手のひらに乗せたトマトをテロホに差し出した。
「実は、葉っぱとか茎、未熟の実は人間も大量に食べちゃダメなんすよ。お宅のリンドちゃんは危機意識がしっかりしてる子っすね。こいつは言えば分かってくれるけど、毒まで食べようってする食いしん坊で、可愛いやつなんすよ~! トマト旨いか~?」
「フフッ、バラトが知識をちゃんと持ってなきゃだな」
「頑張るっす!」
バラトが意気込んだところで、サンドイッチにも手を出した。先ほど熱々にしたおかげで、時間が経っても美味しい熱さだ。
大口でかぶりつく。バリッ、サクッ。硬めに焼き上がったバゲットに、カツのサクサク衣。とろけたチーズの塩味と、柔らかくも歯ごたえのある鶏肉の肉汁。全てがうまい。
大口でサンドにかぶりついては、シャリシャリトマトにかじりつく。小麦の風味とチーズと鶏肉の旨味。肉とは違う旨味があるトマトの野菜らしい青さ、爽やかさ。
気づけばサンドもトマトも最後の一口分になってしまった。まだまだ楽しみたいが、もう腹八分。少しすれば不思議と満たされるはずだ。観念して2つとも口にした。あー、うまかった。
「ごちそーさん」
「ゴチになりました!」
「午後も頼んだ。バラト、テロホ」
「任されたっす!」
テロホも鼻筋を撫でられながらヒヒンッと鳴いた。トマト、大丈夫そうだな。