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アセルガのクリームスピナッチと揚げエンパナーダ(5).

 詠唱の文言を考え直したり、熱を見る対象を水に限ってみたり、この魔法の名前を考えたり。のんびりしながら熱の様子を見る目の訓練を繰り返していれば、あっという間に時間は過ぎた。


 フィリングを包む皮の小麦は、そろそろ繋がった頃だろう。ボウルから蜜蝋ラップを外して、粉を振った手で摘まめば、つるりとした生地はむにっと伸びた。少し伸ばしたところで千切れないなら、大丈夫。だったはず。


 パプリカパウダーが入ってオレンジがかった生地を4等分にし、断面に粉を打ってサラサラにして、丸くなるように麺棒で伸ばしていく。今回作るエンパナーダの形は、半月型。持ち歩き型としてよく見る、一枚の生地を折り畳んでフィリングを包む形だ。

 今日の昼に食べたのは2枚の平たい生地で挟んで端を捻って閉じたもので、直径が両手を縦に並べたくらいに大きいからカットして取り分けるのが一般的。対して、今作ろうとしているのは片手のひらに収まるサイズ。一人で齧り付く、軽食感がより強まった形式だ。


「よし、伸ばせたな」

「フェルティくん、コレ冷やしてくれる? 扱いやすくなるから」

「了解。そいやっ」

「ありがとう。……慣れたものなら詠唱すらいらないのにねぇ」

「慣れたどころか、熟練度が違うからね」


 熱を奪って流動性が低くなったフィリングをフォークで4等分にして、むるっと持ち上げて伸ばした生地の真ん中に置いてちょっとほぐした。縁にフィリングの油が付くと閉じられないから、気を付けないとな。

 自分の分は自分の手で。空気を押し出すように閉じて、口をくりんくりん捻って閉じる。どうせ作るなら丁寧に、と気合を入れる俺の横でシオンちゃんは、空気を押し出して包んだ生地の口を押し潰して、更にフォークで跡がつくほど押してくっつけていた。


「俺が捻じって閉じたから、シオンちゃんは圧着式にしたの?」

「それもあるけど、なんだか可愛くない? あと、捻じるより薄いから、カリカリしそうだし!」

「カリカリ、かぁ」


 それも良いなぁ。「1コ交換しない?」って言ったら、「いいよ!」って返してくれた。やったぜ!


 中身が漏れ出さないかよく確認をしたら、火にかけた揚げ油を魔法で手早く温める。早く揚げ油の熱を見極める目を習得したいと思いつつ、ほんのちょっと千切った生地を入れて、適温かどうかを見極める。


「ちょっと沈んで、直ぐ浮いた。よし、入れよう」


 鍋の大きさとタイミングを考えて、2つまで。俺のとシオンちゃんのを1つずつだ。エンパナーダは中の熊肉フィリングが重いせいか、底に沈んでしまった。まぁ、皮に火が入れば食べられるようになってるから、気にしなくていいだろう。浮かんできてくれれば分かりやすいけれど。


「欲張ってフィリング、入れすぎちゃったかしら」

「揚がればいいよ。ほら、泡も出てきた。心配いらない。怖がるのは、口が開いて中身が流れ出ちゃったときだけでいい」

「それもそうね」


 心配は杞憂で、口が開かずに浮かんできたエンパナーダは若干膨らんで、赤みと揚げ色が付いて色がはっきりしてきた。パチパチ跳ねる泡が落ち着いてきたところでひっくり返せば、茶色に揚がって荒くなった表面がお目見えだ。


「美味しそうね~!」

「堪んないねー!」


 こんな美味しそうになるなら、次はチーズでも入れようか。揚げたてにチーズをすり下ろしかけても良さそうだ。


 第2陣も揚げ終え、チーズを1つずつにかけてから皿に盛りつける。アセルガのクリームスピナッチもスプーンでドンッと盛り付けたら、今日の夕食の完成!

 リビングのカウンターに持って行って、飲み物と指を洗うフィンガーボウルも用意したら、いただきます!


 ほかほか カリッ ふかっ じゅわっ!


 粗熱が取れてもあっつあつの揚げエンパナーダを、両手の指先で持って齧り付く。焼くのとはまた違うカリカリな表面を噛み破れば、思いがけずふかふかな感触に当たる。薄いのに、パンっぽい部分もあるのか!

 その後追いかけてきたのは、シオンちゃんが作ってくれた熊肉フィリングのトマトの旨味と肉のジューシーさと香草の風味。煮込んで酸味がまろやかになったトマトを纏った、噛み応えが残る熊肉ミンチからは野性味を感じる。が、白ワインやオレガノ、ローリエといった香りの良いものが熊肉のクセを抑え込んで薫り高く主張してくる。

 それらを底上げするパプリカパウダーの甘い刺激や炒め玉ねぎのとろけるような甘さ。噛めば噛むほど、潜み熊の肉から脂やトマトの旨味、香草の爽やかさが段階的にやって来て、咀嚼が止まらない!


「うまぁ……! 揚げても旨いのかよ、エンパナーダ」

「ねー! 熊肉のクセを心配してたけど、香草が良い仕事してるし、揚げたおかげでジューシーさが増してる気がするわ!」

「パン生地じゃないのに、パンっぽい食感がするのも発見だしな」

「そう、それ! ビックリよねぇ! あら、スピナッチ美味しい!」

「よっしゃ!」


 今まで揚げてきた衣は、バッター液だったり、それにパン粉や豆の粉を付けたものだったり粉をまぶしたものだったり、素揚げだったり。意外と、しっかり練った生地で包んだものは揚げたことが無かった。しかも、いつもはオーブンで焼いてカリカリになる生地だから、2つの要因でびっくりだ。次はパン生地で包んで揚げてみようか。できれば生地自体に油脂があまり使われていないパンが良いけれど……。


 アセルガのクリームスピナッチを頬張って、その滑らかに溶けていく食感やほんのり感じる苦みを堪能したり。チーズをかけたエンパナーダから乳製品らしいコクを感じてみたり、シオンちゃんと交代したフォークで押し閉じた縁のカリッと食感を楽しんだり。


 今日も、シオンちゃんの発想と揚げ物の魔力で、満足のいく夕食だった。美味しかったぁ。


揚げエンパナーダ

見た目は三重県の津ぎょうざみたいなもの。今話では熊肉なり香草を使っているので、かなり風味は違う。


今エピソードを最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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