アセルガのクリームスピナッチと揚げエンパナーダ(4)
代わりばんこで熊肉フィリングを煮込んで、水分を飛ばしていく。ブクブクというよりバチバチと泡が弾けるようになってきたら、鍋を火から下ろして蒸気を浴びながら大きめのバットに移した。広げて待てば、蒸気に乗って水分も飛んで扱いやすくなるだろう。だから魔法で冷ましたりはこちらもしない。
さて、やることは殆ど済ませた。生地のおねんねの時間はまだ終わらない。俺たちも休憩に入ろうか。
「あ、そうだ。練習しとこ」
「練習? あぁ、温度を見る目の魔法?」
「そう。今日は朝くらいしか魔法をガッツリ使ってないから、いい機会だろ?」
他はアセルガの葉を湯がくときに使ったくらい、だよな? あんまり疲れてないし、あの魔法自体そこまで魔力を使わないから、今がチャンス。
基準は氷を0の黒として、沸騰した水を100の白とする。今は温度と一緒ってことだ。
これでコツを掴めたら、常温の油を0、こないだの低温の油を50に、いつもの温度を80、高温を100として設定して見れるように訓練しよう。
「練習方法はどうするの? 一昨日は沸騰させたお湯を見て目眩ましされちゃってたけど」
「意地悪言わないでー。恥ずかしーからー」
初めてだったんだから許してよ。くっそー、思いだし笑いしやがってー。シオンちゃんだから許す。
俺だって反省する。白と黒だったら黒の方が目への攻撃性は低いはずだ。だから氷の方から見る。その上で……。
「え? フライパンに氷?」
「そう。氷が溶けた水はまだ冷たいだろうからさ」
「あぁ! なるほどね! これを火にかけて、溶けてから沸騰していくまでの温度差を見ていくのね!」
「その通り!」
それなら白になるまでに心の準備も出来るからな。そう心を躍らせて、氷を置いたフライパンを魔道コンロに置いて火を点けようとして……気が付いた。
「あれ? コレ、フライパンがめちゃめちゃ白く映らない? 水の沸騰を100とする場合、300とか行ってまた強烈な光で眼が眩まない?」
一昨日試したときは、火にかけていない鍋に張った水を魔法で熱を与え、沸騰させた。だからあの時、俺の目で捕らえられる中で一番高い温度だったのは、その沸騰した水だったはず。
だが、このフライパンを火にかけたら?
「あ、危なかったわね……」
「あぁ……。湯煎で溶かすか」
「え? 魔法で沸騰までさせる感じじゃないの?」
「え? えぇ……?」
魔法を同時展開? あんまり強大でもない限り、出来る人はそこそこいるが、俺はあまり手を出したことが無い。熱を与えるか奪うかの2択だからな。その2つが両立した依頼なんてなかったし。
まぁ、やらない理由を探すのも変な話だ。目の魔法を展開してから、氷に熱を与えて、ゆっくり沸騰までさせれば、グラデーションで眩しさへの覚悟も決めやすい。やってみよう。閉じた目に魔力を集めてっと。
「水が凍る熱よ。俺の目に黒く色付け。水が沸騰する熱よ。俺の目に白く色付け。凍りつく熱は暗い紫に、沸騰する熱は桃色に、熱の間は虹のように差を付けて俺の目に色付け」
わかってる。こんな長い詠唱のくせに、要領を得ないことくらい。でも俺がやろうとしている魔法は、これくらい情報量が多いんだよ。
魔法がちゃんと発動した合図で目の周りがふんわり温まる。瞼を上げると、半透明だった氷が黒く見えている。それどころか──
「ヒッ!?」
それどころか、周辺すらも紫や青、俺の手は緑に色付いて見えた。想定してなくて、息が止まった。
「だ、大丈夫? 顔が青くなっちゃってるよ?」
「エッ!? 緑じゃなくて?!!?」
「言葉の綾で顔が緑は聞いたことないわね」
あ、あぁ、そういうんじゃない感じね……。少しだけ黄色みがかった緑色に染まったシオンちゃんを見下ろして、俺はまた魔力を込めすぎたことを自覚した。詠唱が長いからって、無意識に力を入れすぎたか……。
フライパンが眩しくなるって想像できたのに、不覚だ。こないだは目が眩んだ白しか印象が無かったせいで、周りにも熱があることを失念してたわ。
対象が世界全体になってしまったとはいえ、魔法の発動自体はしっかりした。なら俺が次にすることは、氷を溶かして、沸騰させて、その間の色の変化を確認することだ。
「“氷よ、ゆっくり溶けよ”」
「あ、表面溶けてきた。同時展開、フェルティくんも出来るのね」
「出来てる? フライパンも冷たくて黒く見えてて、俺よく分かってない」
「残念な目ねぇ……」
まぁまぁ、触れば分かるさ。うん、濡れてるし、よく滑る。
溶けたての水はまだ冷たくて、青いフライパンが黒く染まっていく。それに向かって、新しく熱を与える魔法をかける。
魔法を受けて、水は縁から熱を持つ。紺色から、紫、青から緑、黄緑を経て黄色、オレンジ、赤、ピンク、白。じゅわじゅわと沸騰する音が聞こえて、蒸気で視界がうっすら白になってきたのを確認して、どちらの魔法も解除した。
「ふう……。間抜けも晒したけど、おおむね成功だな」
「へえ! 凄いわね! しっかりイメージ出来てるって事よね。リーリオから話を聞いただけなのに……」
「ありがとう。惚れ直してくれた?」
「それはもう!」
「やった!」
イメージ云々は、見えてはいないけど感じてきたから、だろうな。それはそうと、シオンちゃんにまた一つカッコつけられたぜ!
サーモグラフィとちょっと違う?
フェルティのまだ名前が定まっていない熱を見る目の魔法は、白と黒と虹を指標にしているため、サーモグラフィーのカラーパレットで言う「レインボー」+黒、といった表示になる。機種によっては黒の表示も出来るらしいから、今のところは魔法とサーモグラフィーは割とそのまんま同じかもしれない。
温度の設定は都度変わるとして、低い方から以下のような色変化となる。
《黒→紺→紫→青→緑→黄緑→黄色→オレンジ→赤→ピンク→白》




