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チキンカツサンドとシャリシャリトマト(1)

 移動が馬となって早くなったとしても、仕事が早くなるわけじゃない。

 弟子にかけるための時間を確保するために、新規契約は受け付けていない。だけど俺の仕事効率は変わっていないから大した時短にもなっていないし、撤収に慌てなくてよくなるかと思ったが表にずっと馬を繋げておくのも邪魔になるから、結局ずっと急いでる。


「あんた、移動が楽になったんだろう? それなら氷の量を増やしておくれよ」

「取引はシオンちゃんへ。増やすなら水も製氷器もそっちで用意してくれよ。あんまり器が大きいと、鍛冶屋での追加料金も高くつくぞ」

「はぁ、甘くないね」


 安請け合いしたらシオンちゃんに怒られるからな。凍らせ屋を始めた初期の頃は本当にきつく言い含められた。善意に付け込んで搾取してくる人もいる。(シオンちゃん)の名前を出して、その場では必ず拒否をしろって。

 製氷器もオーダーメイドの高価格設定で鍛冶屋に儲けさせるから提案しとけとも。この魚屋のおばさんは、どんな判断をするんだろうな。契約を取る権利の無い俺はさっさと、待たせてる馬と騎手の元へ早足で向かった。


 大通りだから荷馬車も押し車もそこそこ走っている。その中で荷台を引いていない馬は少し浮いていた。その赤茶色の馬が、俺がお世話になっている領主から借してもらっている馬のテロホだ。そのすぐ横には騎手のバラトも立っている。


「あ、お疲れ様っす。目安時間内っすね」

「遅れていないなら上等だ。次は16件先、向かいの診療所へ」

「了解っす」


 テロホの背中を軽く撫でてから、騎手に持ち上げてもらって鞍に乗る。自分でジャンプするんじゃなくて、騎手の拳を足場にする、浮遊感の伴う乗り方にはもう慣れてきた。騎手も軽く飛び乗って、「ハッ!」と 両足で馬の腹を軽く蹴った。テロホはすぐに止まれる速さで駆け出した。うん。自分で歩くより連れてってもらう方がずっと楽だな。


 今日は領主街・南地区を回っていた。大きな取り引き先こそ無いものの、件数は多い。

 街を出た先の山にあるダンジョンから近いこともあって、この地区は診療所が多い。火属性のモンスターもいるし、怪我したり身体を痛めたら炎症もする。火傷や火照りを和らげるためにも、氷は大事なんだ。あと、シンプルに熱が出た時にもあったら助かるしな。


 取り引き6店舗目で3つ目の診療所に氷を納品したところで、昼飯時になった。

 移動が馬になって良くなったのは、足の疲労が軽減されたのと、昼飯をゆっくり食えるようになったことだ。


 南の噴水広場に寄ってもらい、空いているベンチに腰掛ける。水分は騎手のバラトに買ってきてもらっているから、俺は持ち歩いていたサンドイッチをバックから取り出した。

 無地で茶色の紙袋の中から、蜜蝋ラップに包まれたぶっとい麺棒サイズのものを2つ取り出した。これは朝の時間が取れるようになったシオンちゃんが用意してくれたもの。ご近所のパン屋とチーズ屋で買ってきたバゲットとチーズと昨日夜に揚げたチキンカツを挟んだ、チキンカツサンドだ。

 揚げたてはもちろん美味しかった。サンドイッチも、シオンちゃんの愛が挟んであるから美味いに決まってるな! ……でもあったかい方が好みだから、ちょっと魔力を通して温めようかな。

 熱に弱い蜜蝋ラップを外してカツを温めていたら、堂々と足音がこちらに近づいてきた。正体は騎手のバラト。だがその手の物体に目を丸くしてしまった。


「な、何でトマト」

「ジュースで買うより安くしてくれたんす!」

「あぁ、そう」


 バラトが手に持っているのは、カップ2つに入った、真っ赤っかすぎるトマト。熟しすぎて傷んだらしい部分は切り取られて、果汁がトマトを盛るジュースカップの外に一滴垂れていた。確かに瑞々しい。生でも美味しい品種だろうし。


「フェルティさん! これをキンッキンに冷やしてかぶりついたら、たまんねぇっすよ! テロホに人参をあげてる間に頼みます!」

「分かったよ。バラトの分のカツサンドもあっためとこうか」

「あざーっす!」


 予想外のことをするが、気持ちのいい返事と笑顔につい絆される。悪くない提案なのもあって、俺も進んで受け入れていた。


「“温まれ”……よし」


 湯気は上がらないが、チーズが溶けるくらいには温まったカツサンド。次はトマトをシャリシャリにしようと、1つ目のカップに手をかけたところで、小さな人影がいくつも現れた。


「なーなー兄ちゃん。サンドイッチずっと持って何してんだー?」

「チーズ溶けてたねー。からだ熱いのー?」

「熱があるなら、診療所、行った方がいいよ……?」

「……」


 近寄ってきたのは、顔だけ知ってる子供4人。

 好奇心旺盛そうな男の子。観察眼のある女の子。見当違いだが気遣い屋の男の子。そんな子供たちを少し呆れた目で見る、3人より頭一つ高い女の子。名前は知らんが広場の屋台でたまに顔を見かける子供たちだ。がっつり話しかけられたのはこれが初めてのような。……宣伝のチャンスか?


「体温が異常に高いんじゃないよ。これは俺の魔法。魔力を通して物体に熱を与えて、温めてんの」

「えー!?」

「お兄ちゃん凍らせ屋でしょー!?」

「あっためることもできるのー!?」

「両方できるって……。熱属性ってすごいんですね」


 うんうん! いい反応だ! 掴みはバッチリだな。はつらつな男の子が目を輝かせて俺を見ているぞ。


「俺さ、俺さ! 小さいけど、火属性だって! 俺にもできるかな?」

「さあ。俺はお前さんの今の実力を知らんからな」

「じゃあ教えて!」

「いいぞ。弟子になれたら……ん?」


 あれ? いい感じに話が進みそうだったけど、こいつ氷にはまだ 興味ないよな。それに火属性だけか。うーん。


「いや、ダメだな。師匠に俺を選ぼうとしてくれたのは嬉しいが、熱属性は火とは違うから、また別の人を師匠にしてくれ」

「熱と火ってちげえの?」

「熱でも燃えやすいものを使えば何とか火は起こせるが……。割と違うから、お前さんの可能性を潰さないためにも、ちゃんと火属性な師匠に教わりな」

「わかったー」


 物分かりのいい子供で良かった。……はぁ。また、弟子を逃してしまったな。


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