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第四話 囮になる為に

エーフィーは昼の森の中に、狙撃銃を構え、ギリースーツと土を被り、潜っていた。


 「ハァ……ハァ……」


 動悸は早まり、生暖かい空気が彼女を舐め回す。


 彼女は思いだしたのだ。


 一人、怯えていた記憶を。

 


 さて、なぜ彼女がこんな状態になっているのか。


 それは、4日ほど前に遡る。


 ――――――4日前――――――――――――――――――


「さて、エーフィー」


 パンを食べ終わったエーフィーに、泥啜りは話しかける。


「なに?ごしゅじん」


「お前には、囮になる為の訓練をしてもらう」


「くんれん?」

 

「訓練ってのは、練習の事だ」


「れんしゅう?」


「あー……目的の為に頑張るって事だ」


「わかった」


「で、その訓練は辛いんだ。もう少し休んでからても……」


「やる」


 エーフィーは、よく理解していなかったが即答した。


「……本当に分かってるか?」


「…………」


「分かってないのに答えるのは、絶対やめろよ?」


 泥啜りは、いつもより語気を強めた。


 彼も、そういった経験があるからだ。


「……ごめんなさい」


「分かれば良いんだけどな……さて、じゃあ一旦説明をするぞ」


「うん」


すると泥啜りは、狙撃銃を持ってきて、エーフィーに差し出した。 


「先ずは、これを持って、身を隠しつつ丸1日耐えて貰う」


「ひとりで?」


 エーフィーは、一人が怖い。


 しかし、この事実に泥啜りは気付いていないのである。


「そうだ」


「ひとりじゃなきゃだめ?」


「駄目だ。ある程度離れて貰わないと、囮として機能しないし、相手を欺けない」


「?」


 所々難しい単語があり、エーフィーは理解しきれなかった。


「……つまり、エーフィーが無駄死にをしないための訓練だ」


なぜか、無駄死にという単語は分かった。


知っていたというより、意味を理解したのだ。 



「わかった」


 エーフィーはそう言い、狙撃銃を受け取る。


 しかし、それは、少女の力で持つには重かった。


 エーフィーはバランスを崩し、そのまま音を立てて転んでしまった。


 しかし、狙撃銃はしっかりと握っていた。

 

「おい、大丈夫か?」


「うん」


「いや、この銃はダメだな。もう少し軽いのを持ってくるから、目を瞑ってろよ」


「なんで?」


「見られるのはマズイからな」


 泥啜りは、あくまでエーフィーを囮として見ている。


 保護したわけでは無い。


 損得的に、心配をしていたのだ。


 勿論、損得以外でも、心配してはいた。


 しかし、囮は囮。


 それ故に、自身に関する情報は、極限まで見せたくないのだ。


 囮として捕まって、情報を吐かれたりしたら、たまったものではない。


 狙撃銃の隠し場所は、見せたくないのだ。


「わかった」


 エーフィーは、なぜ見せたくないのか、表面上でしか理解していない様に見える。


「よし、良い子だ」


「えへへ」


 エーフィーは、目を両手で覆いながら笑った。


「……」


 泥啜りは、少しばかり罪悪感が湧いた。


 


 泥啜りは、本棚の本を引く。


 ―スッ―


 本棚は音をほぼ立てずにスライドする。


 しかし、そこから出てきたのは、ただの壁。


 だが、ポツンと鍵穴と、取っ手があった。


 泥啜りは、内ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に指す。


 そして取っ手に指を掛け、腕を上に上げる。

  

 ―バタン―


 壁は上に開き、中なら数字が並んだ、入力装置が出てくる。


 泥啜りは、それに文字を打っていく。


 ―ピピッ―


 入力装置から音が鳴る。


 そして泥啜りは、熊の毛皮をめくる。


 毛皮の下には、床ハッチがあり、泥啜りはそれを開ける。


 ―バタン―


 泥啜りは、それを一度閉める。


 そのまま入れば、センサーによる、ガストラップが作動するのだ。


 そしてもう一度開け、泥啜りは中に入って行く。


 一方、エーフィーはしっかりと目を瞑っていた。


 ―5分後―


「よし、目を開けていいぞ」


 エーフィーは目を開ける。


 目の前に、3丁程の狙撃銃が置いてあった。


「この3丁の狙撃中の中から、好きな銃を選ぶんだ。全て、狙撃銃の中では比較的軽い銃だ」


 とは言ったものの、全て4キロ程はある。


「えらんでいいの?」


「そうだ。好きな銃を選べ」


 エーフィーは、銃を持ったり、触ったりした。


 構えたり、試し打ちしても良い?などとは聞かなかった。


「これとか」


「ふむ、そいつはスティールカットって銃だ。安定するし、飛距離もある。うん、良いんじゃないか?」


「じゃあ、これにする」


「よし、じゃあ、先ずは反動に慣れるために、試し打ちするか」


「れんしゅう?」


「ま、練習だな」

 

「がんばる」


「よし」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 彼等は外に出て、森の深くに入った。


 泥啜りも、愛銃である"トリスタン"を持っている。


 その銃は、黒く重厚であり、死神と呼ばれる銃である。


 しかし、扱いづらく、狙撃銃としてはニッチなチョイスにあたる。


 言うなれば、ロマン砲である。


 しかしサイレンサーを付けているので、泥啜りのれっきとした仕事用愛銃である。


「ここなら、銃声も人里には聞こえない。……では、訓練を始めるぞ」


「はい」


「じゃあ、先ずは構え方から教えよう」


「かまえかた……」


「そう、構え方だ。かなり重要な要素だ」


「じゅうよう?」


「まぁ、大切ってことだ」


「なんでたいせつなの?」


「反動を抑える、狙い易くなる、目立たない様にする。色々な目的があるが、まぁ、とにかく大事だ」


「なるほど」


「先ずはプローン。伏せて射つ体勢だ。ま、これがメジャーだな」


 泥啜りは、エーフィーの目の前で構えて見せた。


 彼は体を伏せる。


 ストックは肩にピタリと付き、銃身まで一直線で結ばれている。


 その銃と彼は、一切動かない。


 石にでもなったかのようである。


 その目には、人の心など宿っていないように見えた。


 いや、エーフィーにはそう見えてしまった。


 あの時の兵士と同じ目。


 とても似ていた。


 厳密にはかなり違うのであるが、エーフィーには分からなかった。


「撃ってみようか?」


「……うん」


「了解。あの葉っぱを見ててな。あ、一応耳は塞いでろよ」


 そう言うと、彼は標的を指差す。


 エーフィーにも、どれを標的にしているか分かった。


 エーフィーは言われた通りに耳を塞ぐ。

 


 泥啜りは再度構え、引き金を引く。


 とても洗練された動きであった。


 殺し慣れている動きである。


 ―パシュッ―


 空気の抜ける様な音がした。

 


 直後

 


 葉っぱは、跡形も無く、音と共に消えた。

 


 泥啜りを見ると、表情は既に緩んでいた。


「あたったの?」


「あぁ」


「エーフィーもやる」


 泥啜りは反動を極限まで抑えている。


 銃はほぼ動かなかった。


 エーフィーはそれを見て、自分でも出来ると感じたのだろう。


「あ、待てよ。最初は一緒に撃つぞ。なんせこんな小さい子供が、狙撃銃使うことなんて無い。俺の経験も含めて、補助を付けるぞ」


「わかった」


 エーフィーは見様見真似で狙撃銃を構えようとした。

 

 しかし、やはり4キロというのは、少女にとっては重い。


「……おもい」


「まぁ……そうだよなぁ」


「ほれ、一緒に構えるぞ」


 泥啜りは、ストックとエーフィーの間に板状のクッションを挟む。


「なにこれ?」


「反動は痛いかもしれんからな、クッションだよ」


 そして泥啜りは、銃を構えるエーフィーを包み込む様に支えた。


 両手は、エーフィーの手に重ねた。


「大丈夫か?」


「うん」


「よし、じゃあこうやって構えろ」


 支えたエーフィーの構えを、腕は覆い重なる様に、体は横に反らし、補助しつつ整える。


自然と両者の構えは、重なる形となった。


「じゃあ、ここを引くんだ。気を付けろよ。衝撃が来るからな」


 泥啜りは、右手の人差し指を、合図を送る為にトントンと動かす。


「わかった」


 エーフィーは指示通りに、引き金を引く。


 ―パシッ―


 サイレンサーにより、響く程ではないが、確かに射撃音は鳴った。


 エーフィーは反動をモロに受ける筈であったが、クッション、そして泥啜りの支えもあり、抑えられた。


 銃口は反動で上を向き、煙を噴いている。


「…………」  


 エーフィーは啞然としていた。


 体は震え、若干汗ばんでいる。


 衝撃が大きかった事もあるだろう。


 しかし、それは戦争によるトラウマを思い出したからである。


 銃声。


 それは、彼女のトラウマを蘇らせるには、充分すぎるものであったのだ。 


「どうだ?初射撃は?」


「……びっくりした」


 彼女は震えながらに発した。


「……そうか。けどな、いちいちビックリしてちゃ駄目だ。慣れる所からだな」


 泥啜りは、銃声に怯えたものと勘違いしたのである。


「……うん」


それから、2時間程。


休憩を挟みつつ、射撃の練習をした。

  

エーフィーは、心身共に限界が近くなった。


「……やっぱり、一人で撃てるようになるには、少し時間が掛かるな」


「……ごめんなさい」


「いや、これに関しては俺もそんな感じだったし、謝らなくていい」


 エーフィーの状態したら、寧ろエーフィーの方が撃てている。


 泥啜りはそう感じた。


「さて、明日もこんな感じの練習になるぞ」


「うん」


 1日目の進捗は、さほど無かった。


 寧ろ、エーフィーの状態は悪化していった。


 ――――――3日目前―――――――――――――――――――


「今日も射撃の練習だ」


「……ごしゅじん」


「ん?」


「うでいたい」


「……えッ?!」


泥啜りは、エーフィーに駆け寄り、エーフィーの袖を捲った。


 患部は腫れ、痣が出来ていた。


「なっ……す、すまん!今日の練習は止めよう。無理させ過ぎたな、ごめんよ……」


「うん……」


 その日は腫れを冷やしつつ、ゆっくりと過ごした。


 ――――――――2日目前 1日目前――――――――

 

 2日目、3日目の練習は中止となり、泥啜りは、エーフィーに文字や計算、コミュニケーションを教えていた。


 エーフィーは真剣に聞いていた。


 途中眠くなりそうにはしていたが、不真面目という訳ではなかった。


 ――――――――――――今日――――――――――――


 早朝。


「さて、腫れも直ったし、射撃の練習……と行きたい所だが……」


「射げきじゃないの?」


「今日は……忍耐力の強化だ」


「にんたい力のきょう化?」


「そうだ」


「なんで?」


「射撃はやり過ぎると怪我をする。それに、今のエーフィーでは身体的にキツイから、忍耐力の強化を優先しようと思ってな」


「わかった」


「よし、じゃあこれを着るんだ」


 泥啜りは、自身の足元にあったギリースーツを持ち上げた。


「なにこれ?けがわ?」


 確かに、汚めの毛皮に見えなくも無い。


「け、毛皮じゃないぞ、ギリースーツだ」


「ぎりーすーつ?」


「着るだけで相手から見つけにくくなる、スグレモノだ」


「これあつそう」


「まぁまぁ、子供様を作るの大変だったんだぞ」


 そう。これは泥啜りの自作である。


 不器用とは言ったが、それは手先ではなく、心の方なのだ。


「わかった、着る」


「で、これを着て訓練をするぞ」


「どんなの?」


「これを着て、丸一日、一人森の中でジッとして貰う」


「……」


 エーフィーは、一人が嫌であった。


 単に子供だから、という訳では無い。


「あ、嫌か?」


「やる」


 しかしエーフィーは、覚悟を決めている。


 故に即答である。


「……そうか」


 泥啜りは、自身に罪悪感を感じている。


 しかし、彼は仕事の一貫としてこれをやっている。


 故に手抜きは出来ないのである。


 既に甘やかして、手を抜いてると言われれば。

 

 ……確かにそれは、そうなのである。


「じゃあ、コレを渡しておくぞ」


 泥啜りは、防犯ブザーを黒くしたような装置を差し出した。


「なにこれ?」


「キツくなったら、コレで呼べ。下の紐を引っ張れば、俺の方の装置が鳴るからな」


「わかった」


 やはり、泥啜りは若干甘い男なのである。


 しかし、コレもある種の損得の感情故の行動でもある。


 彼は、好かれるという事の楽さを知っているし、その方が効率が良い事を知っているのだ。


 ――――――――――――現在――――――――――――――


そして、今に至る。



 エーフィーが潜ってからおおよそ5時間。


 昼時とは言え、森である。



 林冠の葉が太陽光を遮り、暗くも明るくも無い、不気味な暗さになるのだ。


 その中で、少女が一人。


「ハァ……ハァ……」


 エーフィーの恐怖心は既に、限界に達していた。


 思い出す。


 一人の頃を。


 寂しさを紛らわせる事も出来ない恐怖を。


「ハァッ……!ハァッ……!」


 段々と、しゃくりあげる様な呼吸に変わる。


 今は呼吸もしづらい。


 その上汗も噴き出す。


 段々と、エーフィーの意識は飛んでゆく。


 目の前が暗転する。


 誘われる。


 気絶に近しい眠りに。

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