第81話 王命
「リーディアさまはどのお方だっ」
私には聞き覚えがあっても、向こうは私を知らない。
それもそうだ、私はあの時青髪のアマンダだったのだから。
マドックさん、と呼びかけて寸前で言葉を飲み込んだ。
向こうは私を知らない。名前を読んで話しかけたら、絶対怪しいことになる。
「私です」
お父さまの影から、そっと挙手をして顔を出した。
マドックさんを筆頭に、リチャードさんもいた。
その他にも、荷馬車と顔だけは見たことがあるかな、という軍の人たち。
モアディさまの部下たちだ。
「カイゼン公爵、知らせの通り公爵令嬢は本日より城預かりとなることに決まりました。書簡を持参しましたので、承諾の印を押していただきたい」
リチャードさんは馬から降りてお父さまの前に立つと、丸められた書簡をぽんぽんと手で叩いた。
「城預かり!? 聞いてない、なぜこの娘が………」
「王命に背くと?」
誰が聞いても、実の娘に対する言い方ではないお父さまの言葉に、嫌悪を見せたリチャードさんは剣に手をかける。
「い、いやっ。私には娘がふたりいるので、城へはこの娘ではなく………」
斬られたくないお父さまは慌てて、首を振って否定したけれど、私よりクミンを推すのを忘れない。
「王命はリーディア嬢だけだが? 不満があるのなら、この書簡を破り捨て公爵が城に申し開きを行えばいい」
一蹴されて、お父さまの喉からはクゥと唾を飲み込む音がした。
まだこちらに来たばかりで、学もそんなには高くないクミンが、城でなにができるというのだろう。
「判を押すのか、破棄するのか、どちらだ?」
「お、押しますっ、押しますっ。あちらに印章があるので預かりますっ」
怯んだお父さまは書簡を引っ掴むと、一目散に本宅へと走っていった。
リチャードさんは、追いかけるようにそれに同行していってしまう。
残ったのは、マドックさんか………。
「あなたがリーディア嬢ですか?」
そう問われて、私はスカートの端をつまみ足を引き、頭を下げた。
「はじめまして。リーディア・カイゼンと申します」
この姿で彼と話すのは初めてのはずだ。
取り繕った格好ではあるけれど、私は公爵令嬢然として頭を下げた。
「あなたは話す機会もないような高貴なるお方、モアディ・バイソンという人物からあなたの保護を仰せつかった。ここにあるあなたの荷物ごと城に移動し、あなたには新しく就任したスジェ財務管理主任の補佐についていただく」
「スジェさまの………」
スジェ・イシカを私はよく知っている。
少し前まで、いやこの時期だとまさに辞めた直後のはずだ。
学園の数式学の先生だったから。
突然先生を辞めて学園を去ってしまった理由は、これだったのね。
城の財務に関係する者となれば、秘匿義務が生ずる。
あのときは、遠方に嫁いだと噂が出ていたっけ。
またひとつ、未来と過去が繋がる。
「モアディさまほどの方が、あなたを候補に挙げたのだ。心して任務につくように」
「……………」
マドックさんは、私が選ばれたことがとても納得いっていないようだわね。
相変わらず、私に対してあたりが強い気がする。
私というより、自分以外に近づいてほしくないのね。
「荷物をまとめるのを私達が手伝います。どんな量でも、持参していいと許可が出ています」
あぁ、だから荷馬車も一緒に来ているのね。
「わかりました。用意いたします」
今度はクリアリを連れていける。
いまクリアリに相談する時間はないけれど、一緒ならそんな時間もとれるだろう。
どんな量でも、と付け加えてくれたあたり、モアディさまらしい。
残してきた資材への不安を抱いたり、後から取りに来る手間をかけさせたりしないための配慮だろう。
私が扉を開けて中へ入ると、軍の人たちは扉の前でピタリと止まる。
あぁ、招かないと入れないってことね。
モアディさまも、イリもそうだった。
軍て荒々しいものの集まりだと勝手に思っていたけれど、紳士的な人も多い、面白いところね。
「どうぞお入りください。左の部屋が資材庫となっておりまして、その部屋のものはすべて持ち出したいです。私は部屋のものをまとめますので、お声をかけるまで左の部屋の荷を搬出していてください」
「了解しました。おい、やるぞ! 入れっ」
号令とともにどやどや入ってくる。
さっき紳士的って思ったの半分返してよと思ったけれど、力仕事は任せられそうだから目をつむった。
もうそうなると、お父さまが判を押す前にいろいろ荷作りをしてしまいたい。
天秤を絶対誰の目にも触れぬよう、それとクリアリは嫌がるだろうけれど、預かったあの鏡も手荷物で抱えていけるようにまとめなくちゃ。
急に寒くなってません!?
こないだまで夏だったような………まだ冬服出してません。
聞き覚えのある声、誰だったか当たりましたか? ふふ




