第79話 屈辱
「あなた、それだけですか?」
ハモラは
再び扇子を広げ、優雅な動作で口元を隠す。
ああ嫌だ。
きっと、お父さまにほくそ笑んでいることを隠したいのね。
なにを言い出すのかしら。
「こんなに泣いている妹に、謝罪はないのかしら」
「おお、そうだな。目が腫れてしまうよ、クミン。こんなに澄んだ瞳なのに可哀想に」
とても大事な宝物を撫でるように、お父さまは目の前でクミンの柔らかな髪を撫でる。
知っていたけれど、再びこの光景を見るのは胸をえぐられる。
あの手は、私を撫でることはなかった。
叩くことはあっても、優しく触れることはなかった。
私と、その底意地の悪い女となにが違うの?
お父さまの娘は、私のはずなのに。
「そうだわ、クミンの目が腫れてはいけない。明日はミカ男爵のところでお茶会ですもの」
焦っていると言うより、なにか面白いことを思いついたという顔を、ハモラはしていた。
「ねぇ!」
声を大きくして、ハモラは使用人を呼びつける。
「冷やしてあげたいから、氷を入れた水桶と柔らかな布を持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
命令に部屋を出ていこうとした使用人に、ハモラは続ける。
「傷ついた心を癒やしたいから、庭師に花を持ってこさせて。それから、お茶とワインのおかわりを持ってきて。それから、あの窓が汚れているわ、掃除係を呼びなさい」
「は、はいっ」
あれもこれもとたくさん言いつけられた使用人は、慌てて部屋を出てゆく。
やがて、ぞろぞろと使用人がここに集まってきた。
これが母親のすることか。
お父さまはクミンを心配するばかりで、ハモラの策略に気づいていない。
「リーディア、姉でありながら年下の妹の勉強の邪魔をするのは、もう辞めてくださいね」
ハモラから、聞いたこともない私に対する猫なで声のような優しい口調が飛び出した。
いまここで、さぁ謝罪しなさいと、私には聞こえた。
使用人の前で公爵令嬢の私が、悪者なのだから可哀想な妹に頭を下げろと。
「リーディア」
私が躊躇っていると、ハモラはパチンと扇子を閉じて催促してきた。
「………」
この上なく嫌だけど、とても屈辱だけど、いまはこうするしかないのね。
「クミン、泣かせることになってしまってごめんなさい」
私はなにもしていないけれど、この存在を責められるのは本当に腹が立つけれど、私は頭を下げた。
「え?」
誰かひとりの、息を呑むような驚く声がした。
当然よね、公爵蹴り正当な後継者が、連れ子に頭を下げたのだから。
このことは、使用人から街の方まで伝わってしまうことでしょう。
なぜ頭を下げることになったかも知らないから、あれこれ付け加えられて伝聞される。
前もそうだったから、知っているわ。
起きる事柄は変わってきても、また同じ道へ行こうとしているのを止められないの?
鼻がツンとして涙が出てきそうだったけれど、ぐっとこらえた。
ここで涙を見せたら、喜ぶのはあの親子だ。
涙を引っ込めるのよ、リーディア。
頭を下げている間に、必死で自分に言い聞かせて、悔しさと涙を意地で押し込める。
親しかった友達がよそよそしくなる。
居づらくなった私は、お父さまのにも言われて学園にはいかなくなるのよね。
それは嫌だ。
キリカは私に態度を変えることは最期までなかったけれど、大事にしたかった友達の絆だったのに。
偽りの流布で壊されるのは、もう二度とされたくなかったのに。
「ひっく、ひっ………いいのですお姉さま。もう、もう、大丈夫です」
「おぉ、クミンは本当に優しいいい子だな。リーディアとは違うな」
どんな仕組みなのかしら、その延々と流れ落ちる涙は。
もういいと言いながら、まださめざめと泣いて周りの気を引く。
完全に私は悪者ね。
「もういいから部屋に戻りなさい」
「はい」
お父さまも少しは罪悪感を感じてくれている?
そう思ったけれど、部屋をあとにするときにちらっと見えたのは、クミンを優しくなだめる姿だった。
「ただ単に、場から“私に”いなくなってほしかったのね」
この事実は、変えようがない。きっと。
受け止めないといけない。
お父さまが「家族」と思っているのは、クミンとハモラだけだと。
《そんなの、わかりきっていたじゃない》
カップ片手に、クリアリは目を細めた。
焼き菓子を頬張り、《バカね》と寂しそうに笑った。
《そんなところまでアーリアそっくりね》
「お母さま?」
飲みほしたカップを置くと、私の方に歩いてくる。
ちょいちょいと招くので、私は身をかがめてクリアリの高さに合わせた。
《アーリアと同じ髪色、瞳。外見だけじゃないのね、似ているところは》
「どういう意味?」
聞き返したけれど、本当はわかってる。
《アーリアは結婚に関してはけして天秤を使わなかった》
「え? そうなの?」
もし天秤を使っていたら、使っていてくれていたら………。
たら、れば、を並べても、お母さまが帰ることはないけれど。
《最後に天秤を使ったのは、あなたに関してのこと。あ、何のことかは言えないわよ》
人差し指を立てて、クリアリは顔の前でだめだと手振りした。
《信じたい気持ちや期待は、悪いことではないけれど時には大事なものを見えなくするものよ》
「うん」
期待しては打ち砕かれて、心が傷んでゆく。
わかっているのよ、頭では。
でも、「もしかしたら」って思ってしまうじゃない。
刻戻りで変わったことも変えられたこともあるから。
「明日、学園に行きたくないな………あいたっ」
ちょっと弱音を吐いてしまった私のおでこを、クリアリはぺしりと叩いた。
《胸を張って、凛と前を向いていなさい、リーディア》
「う、うん。痛いわ」
軽く叩いたようで、結構痛い。
クリアリったら、力が強いんだからもっと加減してほしいわ。
でも、なんか元気出てきた。
よく考えたら、まだクミンは学園に入学していないのだから、多少の噂は流れても友達の態度が明日変わることはないだろう。
《こんなときにもそばにいてくれる人が、あなたにとって大事な人になるのよ》
「そうだね」
大丈夫。きっと大丈夫。
「ギヤン先生がどうしてるかも気になるし、明日は学校にちゃんと行くわ」
ギヤン先生には、私は会っていない。
ボロを出さないように気をつけなくちゃ。
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今回はストレスたまりますね。
ストレス解消、なにしてますか?
私はバレーボール始めました。
でも、人間関係がドロってて、入ってびっくりです。




