第74話 ただいま
裏返された男の顔を見たくても、私は顔を背けてしまった。
「す、すみませんっ」
だって、顔を確認したくてもどす黒くなっているし、血がべっとりと顔についていて、そこに髪が張り付いている。
一瞬しか見ていないのに、目がガッと見開いて死ぬ恐怖を知った者の顔はとても怖かった。
カタカタと、身体が勝手に震えだす。
「無理だろ、これ」
「そうですね」
イリの言葉に、ユハスさまが頷く。
そう、無理です。
なのに、隣で詠唱を唱える人がいる。
『在りし日の姿をみせよ』
ヒュー、とイリが口笛を吹く。
「見られるようにすればいいだけの話だ」
一度、隣の冷ややかな人を睨んでから、私はその男をもう一度見た。
「あ………………」
私の表情を、ユハスさまは察してくれた。
「この男ですね」
「はい、一味のひとりだと思います」
私に刃物を突きつけた男。
あのときの光景が、脳裏に蘇って目の前の男の顔に重なる。
「殺しちまったら、アジトも理由もわからねぇじゃねぇか」
チッと、聞えよがしのイリの舌打ち。
「すみません、咄嗟だったので生かすことができませんでした」
「いえいえっ、ユハスさまがご無事で良かったです」
もう、イリは態度悪いんだから。
「いきなり斬りかかられたら、イリだって応戦するでしょ」
言ってしまってから、このやり取りはまずいと思った。
このふたりと私は、親しくやり取りする仲だと思われるだろう。
私の失態だ。
「さっき知り合ったばかりのお前に何がわかる。俺だったら、殺しはしない。逃げられないように腱を切る」
ひいっ。
イリの助け舟はとても良かったと思うのだけど、脚の腱を切られるだなんて想像しただけで痛いし残酷だ。
そんなことを慣れたように口にするイリにも、切ない感情が湧く。
そういう世界に生きている人なんだ。
改めて実感してしまった。
「ここに侵入を試みたのは、この賊だったということですね」
モアディさまの確認に、ユハスさまはただ頷いた。
「いま部下に回収をいら………あぁ、いま丁度到着しました」
馬のドカドカという足音がして、振り返るとユハスさまの愛馬ククジを連れたふたりが現れた。
ユハスさまと同じ純白のマントは、軍の印。
こんな大事、お父様やあの親子に知られたらこの離れに押しかけられるかもしれない。
なにか理由をつけて、ここも追い出されかねない。
そんなのだめだ。まだ在庫もあるし、ものを売るのが楽しいと思えてきているのに。
「あの、このことは父には……」
言わないでいて欲しいと頼もうとしたら、ユハスさまが人差し指を立てて口元に持っていき、微笑んだ。
「カイゼン公爵に話が漏れぬよう、このあと速やかに撤退して、この場所の痕跡も消します。ご安心ください 」
その優しい微笑みに、ドクンと打つ鼓動が私にはあった。
「あ、ありがとうございます」
馬鹿な娘ね、リーディア。
生前、という言葉が正しいかはわからないけれど、これはなかった展開だ。
私が商売やモアディさまたちと関わったから、変化が出てきたと思っていいの?
希望を抱いていいの?
「手回しが早いこって」
もう! イリったら余計な火種作る口調やめてっ。
ユハスさまが動いてくれたことが、無駄になってしまう。
いまここで足でも踏んで止めたかったけれど、私が口を挟んでもややこしくなるし時間をとってしまう。
モアディさまも、イリだって疲れが顔色に出ている。
なにより私の疲れもっ。
早く寝たいし、会いたい!
「では、ユハスさまお願いします。お礼は改めていたします」
ユハスさまに、来てくれた部下たちに、深々と頭を下げた。
「私たちも一旦帰ります。仕事が残っていますので、お母さまの遺品については出直します」
「そうだな、出直すぜ」
なぜか不服そうな顔のイリだけど、荷物を渡す手は乱暴じゃなかった。
粗雑だけど優しいイリ、冷たいけど頼りになるモアディさまも、本当に感謝している。
色々ありすぎて、もうなにからクリアリに話せばいいやら。
まずは、お菓子を用意して、お茶をしながら食べた料理やお菓子についてからとか?
重い話は、寝てすっきりしてからにしたいな。
お菓子、気に入ってくれるよね。
クリアリの、美味しそうに頬張る姿が想像できた。
それなのに。
「あなた、なにを持ち込んだの?」
開口一番出てきた言葉が、それだった。
ヨガをしてきたら、疲れ切ってしまって
夏の疲れがまだ体に残っているようです。
車をね、買い替えるとかでディーラーに連れて行かれまして何事かと思ったらまだ発売もされていない車なんですよ。
男って新しもの好きだよねー。あいふぉんも買うのかしら




