第67話 閉ざされた扉
「きゃあーーーーっっっ」
勢いがつきすぎて、モアディさまとイリたちの馬を飛び越した。
私の叫びに何事かと上を見上げたモアディさまと、私は目が合ったけど、私ではどうもできない状態で。
「リチャードっ!!!」
瞬間、事態を把握したであろうモアディさまがリチャードさんを叱責し、我に返ったリチャードさんはパッと私たちの手を離した。
「んがっ」
もう地面近くまで降下していたから、怪我をするようなことはなかったけれど、突然発生した重力に私と先生は上手く着地できなくて、ゴロゴロと転がることになった。
「なんで来たんだよっ!」
馬から飛び降り、駆け寄ってきてくれたのはイリ。
でも手を貸してくれるわけじゃなく、頭ごなしに怒鳴ってきた。
「なによ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない」
ひとりで立ちあがって、服についた土を払う。
もう、ここに来て汚れてばかりね。
「先生、大丈夫ですか?」
「あぁっ! あぁっ!」
先生を見ると、先生も上手く転がったのか怪我はなさそうだった。
なぜ見ただけでわかったかというと、空を飛べたことにとても興奮しているようで、鼻息荒く。
「先生、だと?」
さすがにイリは学園に来たことがないらしく、先生のことは知らないみたいだった。
「地学の先生よ。知識は確かなんだけど……」
ちょっと…よく言えば研究熱心? だけど度を超しそうな情熱がチラチラしているのよね。
「私の令を破ったな! なぜここに連れてきた!」
飛んできたイリ以上の怒鳴り声に、ひゅっと首を縮めてしまった。
モアディさまも、あんな怒り方するんだ。
リチャードさんは、首を垂れて震えている。
「私です! 私が頼んで、それでも駄目だったから怒らせてここに飛ばしてもらったの!」
息をしていないように真っ青な顔色のリチャードさんの、前に立って庇った。
私のせい。
モアディさまの圧に負けないように、意志を強く持って見上げる。
「私が煽ったからで、彼はなにも悪くない」
悪くないのに、怒られるのは理不尽すぎる。
「ほう」
冷たい、冷たい目で見下される。
怯むな、怯んじゃだめ。
私が彼を巻き込んだんだから、責任もって矢面に立たないと。
「だから…」
「だから?」
うぅ…怖いし寒い。
モアディさまの本気の怒気、いつもの比じゃない。
「煽られたぐらいで自制がきかないのでは、軍に置いておけない。少なくとも、私の部下には要らない」
「ひっ……」
モアディさまの言葉に、リチャードさんは絶望の息をのむ。
大変、思っていたより深刻になってる。
「そうなると、編成しなおさなければいけませんね」
モアディさまの隣に立っていたマドックさんが、にやりと口元が笑んだのを私は見逃さなかった。
同僚の失脚がそんなに嬉しいの?
「おいっ」
なにかひとこと言ってやりたい、と思っていたらイリが割り込んできた。
「そんなことはあとだ」
そう言ったかと思うと握りこぶしをつくり、ゴツっとリチャードさんの頭を音がするほど叩いた。
「うぅっ」
頭を抱え、呻くほどに痛かったらしい。
良い音したもの。
「これでいったん終いだ。住民の避難が最優先にするぞ」
イリは先生に、溶岩流のことを聞いたのだろう。
避難、そのために飛んできたんだものそれをしなくちゃ。
モアディさまに冷やされるのは、イリの言う通りあとでいい。
「住民は? なんか人気がないけど」
窓にカーテンをひかれ、戸が閉ざされていて一見誰ももういないように思えた。
「え? いたっ」
カーテンが揺れて、その隙間から私たちをのぞいていた。
「なんで? なんで逃げないの!?」
家に引きこもっているなんて、ここで死んでしまうだけなのに。
ゴゴゴゴゴ。
地響きのような振動が、足元の石畳のもっと奥の方から響いてくる。
私でもさとる。もういよいよだ。
「あれが崩れて、火砕流ってやつがここへ一気に流れ込むってよ」
イリが山の上の岩を指し、簡素に説明してくれた。
「この地響き、もう崩れるぞ」
チッと舌打ちをしたのは、誰だったのか。
「いま避難し始めたとしても、間に合うかどうか……せめて、あの山陰に逃げれば運が良ければ助かるかもしれないが」
先生の助言は、悲観的だった。
「モアディさまなら、みんなを瞬間移動できませんか?」
「無理だ」
即答されて、ますますこの場が悲壮感に包まれる。
「なにかあったときは、私があなたたちだけは護ります。ですが、ここの住人たちは私の逃げろという言葉に反して引き籠ってしまった。私の言葉より、神の宿る山が自分たちを焼くことはないと言い放った」
「は? え?」
そんな、避難を自ら拒否したというの?
モアディさまたちは、命がけでここに駆け上がってきたの言うのに。
モアディさまが怒るのも無理はないけど、でもここの人たちをこのままにもしておけない。
なんとかして家から出して、例え少しの望みでも避難して欲しい。
どうしたら出てきてくれる?
さっきからちらちら窓から私たちを見ているけれど、様子をうかがっているだけだ。
どうしたら。
どうしたら。
つい力んでしまって、スカートを握りしめていた。
私、こどもの時からこの癖があるのよね。
キリカによく、皺になってるよって笑われるやつ。
「変わってないわね、私は」
自虐的につぶやいて、手の力を緩めた。
いつものように、そこには皺ができていた。
「あっ……」
特別な存在に言われたらどうかな。
王族とか、神父さまとか、そういう。
でも、そんな人たちはいまこの場にいない。
だけど、ただひとり可能性がある存在がいまここにいる。
服の皺をみて、もしかしたらが浮かんでしまった。
「リチャードさん、私をもう一度浮かせて!」
遅刻更新です。
事故でよろめいたパートナーに思いっきり踏まれちゃって、折れてないけど突き指というかそんな感じで。
ぎゃん、痛いってなってるの。
はぁ、はやくなおんないかなー。




