第64話 先に謝っておきます
「なんだ? まだ鎮火していなかったのか?」
「いえ、もうあの施設は完全に沈黙したのを確認しています。それに、方向が違います」
パラパラと窓枠に残った硝子に気をつけながら、ふたりは窓の外を見る。
でもこの部屋からは木々に阻まれて、直接噴火は見えないのだろう、なにが起きたのかわかっていなかった。
「モアディさまっ! モアディさま!!!」
ドンドンドンドンと、激しく扉が鳴らされた。
緊急事態なので、遠慮なくたたいている。
それほど、慌てることだろう。
この声は、マドックさん? 張り上げているから、よくわからない。
ただその大きい声と激しく叩く音はモアディさまには不快だったようで、返答してあげない。
「モアディさま! ご無事ですか!? モアディさま!!!」
返事しないから、ますます酷くなる。
こんなに心配しているのに、ちょっとモアディさま意地悪くありません?
可哀そうになって、扉は私が開けた。
「モアディさま!!!」
開いたと同時に、マドックさんが飛び込んできて、勢いあまって躓いて体勢を崩しモアディさまに突っ込んだ。
「あっ……」
あっという間の出来事で、今度はイリは動けなかった。
私も、言葉を発するだけでもつれあってモアディさまが倒れるのを、ゆっくりとした景色の中で見てるしかなかった。
「す、すみませんモアディさまっ」
血の気の引いた顔でマドックさんはモアディさまに手を差し伸べたけれど、モアディさまはそれを無視してイリに立ちあがる助力の手を伸ばした。
「お、お怪我は……」
そう問われても、モアディさまは無言で服についた埃を手で払っている。
軍の白いマントが汚されたのが、許せないかのように怒りがこもってパンパンと。
こ、怖い。
「何事かわかっていることがあれば、簡潔に述べよ」
「は、はいっ」
気の毒だ。
顔も声もひきつっている。
「ド、ドレナ山が噴火いたしました」
ひきつりはしたものの、とても簡潔にマドックさんは報告した。
「噴火……だと?」
「はい。溶岩が吹き出し天を染めております。谷を流れ落ち、街やここを襲う可能性があります。ギンさまが全員招集をかけております」
苦手意識が先行していたけれど、こうしてピシッと背筋を伸ばし報告するさまは軍の一員なんだと思い知らされる。
マドックさんの緊張感はイリにもモアディさまにも伝わり、ふたりは集合をかけられた部屋にと駆け出した。
私も行きたかったけれど、ここが危ないなら逃げる準備をして部屋に待機していろと言われ自室に戻る。
これからどうしたらいいんだろう。
どうなってしまうんだろう。
マドックさんの報告通りのことになる。
あふれだした溶岩は、ゆっくりではあるものの森を焼きながら街へ流れ込み、家屋を燃やして逃げ遅れた人々をのみ込む。
犠牲になった人は、骨のひとつも残らなかったと聞いた。
あの頃それを聞いた私たちは、震えあがったものだ。
窓の外は、相変わらず空が赤い。
地響きも振動も続いていて、噴火が続いているのがわかる。
ここに溶岩が到達するまで、あとどのくらいなのだろう。
ギヤン先生がここにいてくれたらよかったのに。
なにか助言がもらえたかもしれない。
溶岩の進みは遅いものが多いと聞いたけれど、絶対ではない。
「はぁ、何もかもわからないことばかりっ」
クリアリ、私どうすればいいの?
噴火を防ぐこともできなければ、避難を訴えることも出遅れた。
未来を知っていたって、なんの役にも立たない。
「アマンダさん、荷物はまとまりましたか?」
自分の無力さに落ち込んでいるところに、リチャードさんがきた。
「はい」
もともと、荷物なんてほとんど持っていないから、荷造りと言われても鞄ひとつだ。
「では、ついてきてください。私と一緒に国に帰ります。馬車が用意できないので、申し訳ありませんが私の馬に同乗してください」
「あの、イリやモアディさまは……」
「……………」
リチャードさんは、答えてくれなかった。
それが答えだ。
ふたりは、残るんだ。
ここに。
「私、帰れません」
「は? え? ちょっと!!!」
リチャードさんの横をすり抜けて、廊下に出る。
ふたりはどこ?
私がいてなにができるのかと問われると、何もできないだろうけれど、見届けたい。
「アマンダさんっ」
「ごめんなさい!」
リチャードさんは後々怒られてしまうわね。
バタバタと駆け出した私のあとを追おうとするリチャードさんに、心で謝る。
一緒に頭を下げて謝ってあげるから今は――――――。
思いついて、私は脚を止めた。
どうせ一緒に頭を下げることになるなら、いま一緒に行動すればいいんじゃないかしら。
ふたりを追いかけるにも足がいる。
リチャードさんは、馬をお持ちだ。
丁度いいじゃない。
「アマンダさん、困りますよ……」
私の荷物を抱えて追いついたリチャードさんは、荒い息で。
「ごめんなさい」
私、いまからもっとあなたを困らせてしまう。
先に謝っておきます。
「私はこの国の伝説の少女なの」
「は?」
私の言葉に、リチャードさんはぽかんと、間の抜けた顔になった。
いろいろ気の毒です。
この先の見習い二人、どうなるでしょう。




