第57話 とある魔法師見習の嘆き
スハジャ公国湖畔美観地区。
待ち人、来たらず。
「まだか、まだなのか? 到着はいったいいつなんだっ」
怒鳴られるのは、いつも僕の役目。
「マドック!」
「は、はいっ、じきに……」
いつなんて、僕が知りたい。
あの人はいつも涼しい顔で、「やっておきなさい」とかいう。
今回は、「私は、あとでの合流になります」と突然言い出した。
出立直前、予定にないことをする。
結界を張る重要な任務だと言うのに、当の本人がなかなか来ないからことが進まない。
あの人以外、誰があの難解で強力な結界を張れよう。
同行している監視貴族がおかんむりで、矛先がいちばん文句の言えそうな僕に集中する。
「じきとはいつだ」
「じ、じきに」
うすら笑いで返してしまう。
内心では、モアディさまへの恨み節を呪文のように唱えているが。
子育てをしているという理由で夜鳴鳥も帯同していないから、連絡のつけようがない。
いまどこで何をしているのやら。
「あっ!」
「な、なんじゃいきなり大きな声を出しおって」
夜鳴鳥…モアディさまの鳥は、ギンさまが飼っている夜鳴鳥の親だ。
「心当たりを探してきます」
「頼んだぞ」
とりあえずこの場は逃げること叶った。
いつ、どこ、とは延々に答えのでない押し問答。時間の無駄だ。
「いたいた、ギンさま」
広間の前で警護という名の見張りをしていたギン様を見つけて、駆け寄る。
肩に、夜鳴鳥が止まっている。
「おぉ、マドック。モアディが着いたのか?」
「い、いえ……」
同じことを聞かれるなど。
みんな待ってるのに、何やってんだ、あの人は!!!
慣れてる、こんなこといつもだから慣れてる。
落ち着け。
「ギンさま、夜鳴鳥お借りできませんか? モアディさまがどのあたりか、飛んで探してくれたりしませんか?」
「無理だ。夜鳴鳥は伝書が主だ。人探しなど出来るわけなかろう」
ギュイギュイ。
肩の夜鳴鳥まで、ぷいと横を向いて嫌だという態度だ。
本当にできないのか?
こんなに人語を理解して、そんな態度がとれるのに?
「お前が迎えに行って来い。俺の愛馬デーデンを貸してやろう」
「はぁ!?」
上空から見渡せる鳥にできないのに、僕ができると!?
それこそ無理だ。
「そのデーデンは、モアディさまの匂いかなんかで探せるんですか?」
「なにを言ってる。デーデンはただの馬だぞ」
ですよね。
知ってましたよ。
魔術で居場所を特定できたら話は早いのに、国外で許可なく魔術を発動させることは緊急時以外ご法度とされている。
待てよ、いまが緊急時じゃないか?
僕からしたら。
「到着したら、すぐ報せるように。それと、準備は進めておいてくれ。俺はここから離れられんからな」
「はい、わかりました」
仕事増えました。
準備なんて、なかなかの重労働なのに。
モアディさまを探しに行くのと、聖水や塩やハーブをかき集めて準備するのと、どちらが優先だ?
「マドックさまっ」
キラキラと美しい水面に頭から飛び込みたい、と頭を抱えたいところに三期下のリチャードが駆け込んできた。
「リチャード、いかなる時も落ち着きをもちなさい」
ここは、いつもモアディさまが口にする言葉と態度を真似て忠告する。
「す、すみません。でも急ぎで」
「急ぎ? なにがありました?」
見ると、手に白い封筒を持っている。
「これです」
封筒の文字を見ればわかる。
「モアディさまから? 今届いたのか?」
「はい、先ほど鳩が…」
「鳩!? また古風な」
夜鳴鳥がいないから仕方ないけど、モアディさまのあの冷たいまなざしと、どこかとぼけたようにクルックーと鳴く鳩との組み合わせが想像つかない。
鳩、どこで借りたんだ?
「はぁっ!?」
手紙を読んで、大きな声を出してしまった。
「な、なんて?」
僕の驚きに、リチャードもなにごとかと手紙をのぞき込む。
「え? クローカ渓谷? なぜモアディさまはそこにいるんですか?」
「そんなの、僕が知りたい。遅れるって? さらに遅れるって!?」
手紙を持つ手が、震えてしまう。
遅れる連絡だけでも報告が憂鬱になるのに、付け加えてあれやこれや揃えておけ、準備しておけと書いてある。
そのどれもが、本来なら術をかけるモアディさま本人が用意したりした準備するものだ。
「香油に、リリカの枝って、調合は誰が?」
「僕たちだよ……」
僕の声には、落胆がのる。
知っていた。
僕は知っていたよ。
香油の調合はとても繊細で、技術のいる作業。
モアディさまにとっては簡単かもしれないけど、僕にはとても荷が重い作業だ。
何度失敗するかわからない。
それを簡単に「やっておけ」なんて理由も述べずに言える人なんだ。
知ってた。
「リチャード、手伝ってくれるか?」
「あー…」
肩を落とす僕に、リチャードは湖に視線を逸らす。
「私は別の用事をいい使っておりますので、無理ですね」
「そっか……わかった」
「お、終わったら行きますねー」
とぼとぼと歩く僕の背中にリチャードの言葉は届いたけど、知ってる。
お前が来ないことを。
「誰……?」
やっと、やっと仕上がった香油の瓶を、ぽとりと落としそうになった。
リチャードが慌てて手を出さなかったら、落としていただろう。
やっと到着したとの報せに駆け付けてみれば、目に入った光景はそれはそれは一枚の絵画のようだった。
白馬にまたがった冷たい美貌のモアディさまは、キラキラと水面が反射してまるで神が祝福の光りを降らせているように輝いていた。
「誰?」
だからもう一度問うてしまう。
あの、モアディさまの腕におさまるように、一緒に乗っている青い髪の女性は――――――。
一週間のお休みでした。
そして、嘆きの回です。
あの人の下は苦労する、という話ですね。




