第55話 鎮火
ガキン。
渓谷に、硬い金属の音が鳴り響いた。
普通の剣なら折れてしまうのに、モアディさまはどんな術をかけたのか、青い光がスーッと石橋に線のように現れ、ピキピキと湖に張った氷が割れ始めるような音を立てた。
イリのもう一振りで、刃を立てた足元が完全に割れた。
もうあとは、あの硬そうな石橋がひびが走りそこから割れ落ちる。
ドカドカと派手な音を立てて、大きな石は転がり渓谷を埋め、そして。
まだ飛び火していなかった塔をも呑み込み、鎮火した。
「あぁ、あぁっ」
「どうしたらいいのじゃ、こんな……」
「こんなことになるなんて、どうしたら」
逃げた人たちは、埋もれてしまった塔に崩れ落ち涙を流して口々にどうしたら、と嘆く。
「命があってこそ、です。あの施設は何の施設だったのですか?」
どんな施設であろうと、死んでしまってはおしまいだ。
命があれば、また造り直せる。
命があれば。
「火薬、ではないですよね?」
「火薬!? とんでもないっ」
私の言葉に、先ほどおばあさんを任せた若者が反応した。
「でも爆発していたし」
「ただの小麦ですっ」
「え? 小麦?」
ただの小麦が爆発する?
主食のパンになるための粉よ。
嘘つかれている?
それに、小麦はこん棒で叩いて脱穀するはずでは?
機械でなんて聞いたことがない。
「本当です、本当にただの小麦です。大量生産に踏み出したばかりで……」
確かに、小麦は手間のかかる工程がある。
どんな仕組みかはわからないけど、道具でどうにかなれば、それは効率が良かっただろう。
小麦は主食で絶対売れるから、量を生産できるならそれは村を…国を栄えさせるだろうけれど。
「あぁ、これで子供たちに新しい学校を作ってやれるはずだったのに」
嗚咽に胸が痛くなる。
学びは貧富の差が如実に出る。
学がなければ、ずっと下級の暮らしを強いられることになる。
お金さえあれば受けられる教育があるなら、親は必死になるだろう。
明るい未来が見えていたのに、それが目の前でつぶれてしまったのだから、絶望してしまうのもわかる。
教育については、私も学園で習っているからわかる。
貴族ばかりが優秀で、平民はほとんどは代々家業を継ぐしかない。
選べる未来がないというのは、惜しい。
「スハジャ公国には綿があるじゃない。そんなに落胆しないで」
畑が燃えることは防げた。
なら、絶望ばかりではないのに。
なのに、皆の顔は晴れない。
「小麦だけではなく、油も絞っていたのじゃ。だから……」
油? 植物の種を絞ると油がとれるらしいが、少量しか流通していない。
高価なものだけれど、それもあの燃えた塔で作っていたというの?
粉だけであんなに火が上がるものかと思ったけれど、そこに油もあったのなら納得がいく。
「わしらの、わしらの……」
お婆さんは、さめざめと泣きだしてしまった。
こんな姿は胸が痛む。
「わ、私が買うわっ」
「は? なにを……?」
突然私がそんなことを口にしたから、驚いて涙はいったん引っ込んだようだ。
「いまある綿と、今後採れる綿を去年の卸価格より高い値で買います」
ミト商会を通さないのは心苦しいけれど、それは綿以外のもので補うとしてどうせ綿ね買う予定だったから少しでも補填できないかな。
「浅い考えだな」
「モアディさま!?」
白いマントの裾が、少し汚れていた。
いつも身ぎれいにしているモアディさまも、さすがに慌てたのかな。
「ひっ、氷血の魔法師……」
誰かがそう言って息をのむのが聞こえた。
氷血の魔法師? なんて言い得て妙なのかしら。
可笑しかったけれど、いま笑ったりしたら苦虫を噛んだような顔をしているモアディさまに凍らされてしまいそうなので、ぐっとこらえる。
「ここは収まった。報告もあるのでより急ぎたいが……」
そう言うモアディさまは、マントの裾を気にしている。
欲見たら、ズボンも汚れていた。
「あの……、湯殿をお借りできますか?」
若い女の人に聞いてみる。
「おい、急ぐんだろ? のんきに風呂……」
言いかけたイリは、ギロリとモアディさまに睨まれて言葉を止めた。
「きょ、教会にっ。ゾイラ、案内して」
「あ、はいっ」
みな、モアディさまと私を交互に見ている。
なに? モアディさまはここでも恐れられているの?
氷血の魔法師なんて字名までつけられて。
わかる、わかるよ。
私は身をもって知っているからね。
「それでは、案内をお願いします。イリは馬をお願いね」
私も走って汗をかいたから、着替えたかった。
イリは不満そうだったけれど、二頭の馬の手綱をとった。
命を助けたし、綿も買い取るって言うんだから、着替えぐらい用意してくれるわよね?
一週間がとても速いです。
桜は見ましたか?
私は夜桜を見に行くことができた今週です。
そこかしこに桜がいっぱい咲いていて、日本は素敵だ。
これからは八重が咲くかな。
桜前線を追いかけて、旅に出たい。え? 現実逃避だっていいじゃないっ。




