第54話 説得
「は? なにを言いだすんですか?」
私の提案の、真逆のことを言いだすなんて。
「イリ、剣を」
「お、おう……」
「あなたは、塔の付近にいる人をあの高台に避難させること。あなたも、その場に待機していなさい」
「そ、そんな簡単には……」
「話が通じないなら、国と王の名前を出せ。我が国の方が力関係は上だ、言うことを聞かせなさい」
モアディさまは、すらすらと私にそんな命令を出した。
ただ見ているだけは嫌だけれど、これはこれで任が重い。
できるだろうか。
こんな小娘の言うことを、混乱の中きいてくれる人はいるだろうか。
「早く行きなさい。あの橋が落ちて、ここに人が残っていたらその人は死にますよ」
な、なんて恐ろしいことを言うの、この人はっ。
知っていたけどっ。
「あなたも、死にますよ」
「い、行きますっ!」
さらりと、本当に人の生死を口にする。
死にたくないから、私こんなに動いているのっ。
走って、走って、まず上の塔。
燃え落ちていて、近づけないけれど誰もいない。
二番目、三番目、誰もいない。
いま煙が上がり始めた塔、中で怒号がする。
「なんとしても消すのだ!」
「あぁっ、袋に火が付き始めていますっ」
「逃げろ、ここはもうだめだ」
男、女、入り混じった声だった。
パンと破裂音がして、扉が開く。
開いたのではなく、吹き飛んだ。
「大丈夫ですか? 他に中に人は?」
中から飛び出てきた人たちはみな、白い粉を頭からかぶったように汚れていた。
全部で四人ね。
粉が入って咳込む夫人の背中をさすり、粉を払い落とした。
「ここを離れて、あの高台まで行ってください」
私は、モアディさまが指定した高台を指さす。
「あ、あなたは?」
「わ、私は……」
誰かと問われて、答えに困ってしまった。
リーディア・カイゼンを名乗っていいのかしら?
名乗ったところで、どこの誰ですか状態だし、偽名も用意していない。
「だめだ、ここは大事な施設なんだ、引っ込んでいろ。守れぇっっ」
中から出てきた男が叫び、水桶を手にまた中へ入ろうとしている。
しかたない。
ここは、モアディさまが言ったことを実行するしかないわね。
「私はイリーナの使者です。ここは、私に従って速やかに移動してください」
私が国の名前を出した瞬間、その場にいた人々の動きが止まった。
凄い効力ね。
「イ、イリーナの?」
顔を見合わせて、どうしたらいいか探りあっている。
そうしている間にも、後ろの塔の炎は大きくなっているのに。
「時間がないわ……」
イリとモアディさまがもう橋にいる。
モアディさまは、なにかの術をまた剣に授けている。
あの術が発動して、イリは石橋を落とすんだわ。
そうしたら、ここは―――――――――。
「私はあなたたちを助けたいの。このままではみな死んでしまう。私を信じてついてきて欲しい」
そう言ったら、ひとりの年老いた婆がぼそりとなにかつぶやいた。
「わか、……の乙女……」
ザワリと人々が私を見た。
な、なに?
「わ、わしはついてゆく。みんな、教会のあの絵を思い出すのじゃ」
「婆さまがいくなら、わしらも」
数人、老婆に賛同し始めた。
「だが、ここはっ」
「マーシャ、婆さまの言うことだぞ。お前も知ってるだろう、あの乙女のことはっ」
あの乙女? なんのことかわからないけれど、イリは剣を振り上げて私の方を見ている。
いつ振り下ろされてもおかしくない。
「早く、あなたはこの人を背負っていけるわよね? 負傷者がいるなら助け合って逃げましょう。女性は必ず男性と手を繋いで走って! さぁ!」
マーシャと呼ばれた若者の肩を叩く。
「わ、わかった」
私は、まだ子供を連れていた男性と子供をはさんで手を繋ぎ走り出す。
後ろを振り返ると、みな、私についてきてくれる。
よかった。
「み、みんな逃げた?」
あがる息で確かめる。
塔はもう残り二つ。
ここまで登れば、大丈夫だろう。
後ろを振り返って、イリに手を挙げて合図を送る。
イリはそれを見て、剣を振り下ろした。
桜、見ましたか?
電波のない山に出張していたので原稿もかけず、佐倉も見られず……梅は咲いてましたけど。
同行者が食中毒で、もう仕事どころではなくばったばたの数日を過ごしていました。
ら、来週の更新あやうしっ。(でもアクセスや反応増えたらがんばっちゃうもん)




