第51話 乙女の髪を
「着替えですか?」
朝に部屋に届けられた袋には、女物の下着と服が入れられていた。
取り出してみると、貴族が着るものではなく、若草色の平民が着るような余計な飾りのついていない動きやすそうな服だった。
「いま着ている服は帰りに回収する。不満はあるだろうが、いまはそれを着てくれ」
イリにそう言われたけど、私は礼を返した。
「不満なんてないですよ、着替えを用意してくれるなんてとてもありがたいです」
宿で簡単な湯桶も借りれるという。
身体を拭いたのに、また同じ服を着るほうが嫌だ。
「これ、イリが用意したの?」
下着…出して確認はしていないけど、ごく普通のもので。
用意したとしたら、どんな顔してこれを買ったのかしら。
「馬鹿言うな、なんで俺がっ。ジアに頼んだに決まってるだろ」
そんな嫌そうに言わなくても。
「最低限の清浄でお願いします。着替えたら、直ちに出られるよう私たちは用意していますので、できるだけ早く」
部屋を出るとき、モアディさまに釘を刺される。
せっかくさっぱりしても、すぐまたあの馬に乗らなければいけないのね。
お尻が腫れあがる前に、目的地につけばいいけれど。
「お待たせしました」
急げと言われたので、最低限の身支度を整えた。つもり。
それでもふたりの感覚より時間がかかったのか、渋い顔をして待っていた。
「まぁ悪くはねえな」
「お似合いじゃないですか」
平民の服を身にまとった私についてのそんな感想も述べられたけれど、褒めているつもりなのだろうか。
私は喜んでいいのか、怒っていいのかわからない。
このふたりは女性の扱い方を知らないんだ。
だって国でもトップの部類に入る魔法師に、その護衛。
ずっと修行に、防衛だの訓練だので女性とかかわることがなかったはずの人だ。
褒め方を知らないだけ。
そう自分に言い聞かせて、納得しよう。
「煤けた感じがいいな」
「これなら、公爵令嬢には見えませんね」
納得…しなきゃだめよ、知らないんだから!
「ですが、これだとまだ不十分です。髪を切りましょう」
「えっ!?」
なにを言いだすの?
まだ結果を確認していないのに、髪を切る?
「い、嫌です!」
切られたくない。
私は切られないように、髪を手で包んで守る。
「イリ、剣を」
「お、おう」
おう、じゃないわよっ。
シュリンと、剣を鞘から抜く音が部屋に響く。
嘘でしょ!!!
「暴れないでください、怪我をしますよ」
すっと手を挙げると、モアディさまはイリの剣に指で触れる。
「この力は§Λを与えし。Λ…わかしを与えし。Δεだけを切り裂け」
なんの呪文かわからないけれど、剣がキンと音を立てて氷りつく。
「動いたら、首から上がなくなりますよ。イリ、切って」
なんて怖いことを言うの!?
首を切られるなんて、二度とされたくないことなのにっ。
髪より首。
私は怖くて、その瞬間は目を閉じてしまった。
シュンと、髪のそばで剣が振られて頬に風が当たった。
ザンと剣が髪を断ち切る感覚があった。
かろうじて、首はついてる?
「うそ……?」
首元も、スーッと風が当たる。
結い上げるほど長さのある髪が切られた!!!
丁寧に伸ばしていたのに。
「か、髪……」
「リーディア、おいで。髪が乱れてるわよ。ほら、とかしてあげるわ」
そう言ってお母さまが髪に櫛を入れてくれるのが嬉しかった。
「金糸のように細く美しい髪ね、大事にしなさいね」
そう言ってくれたあの髪が……。
「え? い、色がっ……」
窓ガラスに映った自分の姿を見て驚愕した。
首元でスパッと切ったような短髪に、髪の色が青みがかっている。
「な、なんで……」
はらはらと、涙が止まらない。
こんな簡単に切られてしまうなんて。
「あなたは少なくとも顔や名が知られています。合流前に、身の回りの世話をする平民に扮していただく必要がありますので」
なぜの問いの答えをもらっても、気持ちは納得できるものではない。
「泣く必要はない。泣いてる暇はないんだ、出発するぞ」
乙女心なんて全く理解できないだろうイリの言葉は、どこまでも冷たかった。
乙女の髪をこんなに簡単に切っていいわけがない。
と思いません?
私もずっと伸ばしていたけれど、いまは短いです。
切った方が頻回に美容院いかないとだから、お財布に厳しいのにね。




