第49話 火の谷
強い風が吹きぬける谷に建てられた、いくつもの大きな羽。
それが次々と燃えて落ちる。
炎は風に煽られて天に上るように渦をまく。
悲鳴、怒号。
「たすけて!」
誰かの悲痛な叫びがすぐ耳元でして、耳を塞ごうとしたのに身体が動かない。
声も出せない。
見たくないものに、目を閉じることもできない。
「おいっ!」
痛い、肩を掴まないで。
誰?
背が高くて男だと分かるけれど、逆光で顔が見えない。
「おいっ!」
もう一度強く呼ばれて、びくっと身体が動いた。
「え?」
茶色い土壁の見慣れない天井。
一瞬、さっきまで視ていた景色との差に自分がどこにいるのかがわからなかった。
夢?
夢だったの? あんなに鮮やかな生々しい光景が?
「大丈夫か? 凄い汗かいてうなされてたぞ」
言われた通り、じっとりとかいている汗で寝着が肌に張り付きとても気持ち悪かった。
「起こしてくれたの?」
窓の外はまだ闇。夜明けまではまだありそうだった。
離れて寝ていたはずのイリもモアディさまも、覗き込むように寝台のそばに立っていた。
「また熱が出たのですか?」
モアディさまが手をのばして額に触れようとしたので、慌てて首を振る。
「いえ、大丈夫です、熱じゃありません」
また、その冷たい手で冷やされてはかなわない。
「あなた、夢を見たんじゃありませんか?」
モアディさまは、静かにそう問う。
「あ? 夢? おいっ、見たのか!?」
「痛いっ」
イリに肩を掴まれて、私は顔を顰めた。
「あ、すまない……」
私が痛がったので、イリはすぐ手を離してくれた。
男は力が強いんだから、手加減してくれないと痛いのよ。
「なにを視ましたか?」
モアディさまは、私がなにかを視たと確信しているような口ぶりだ。
イリは腕を組んで窓枠にもたれて、私の言葉を待ってる。
「羽が…回っていて」
「羽? 回る?」
自分でもまだ混乱した頭で説明するから、上手く伝わらない。
イリは私の言葉をそのまま繰り返した。
「谷みたいなところに、大きな羽をつけた建物がいくつも並んでいて」
話しながら、思い出した。
スハジャ公国は、秘密裏に風の力を産業に取り入れる機械を発明していて、国として頭一つ出ようとしていた。
でも、その機械は不完全だったらしく燃えてしまい谷の集落を巻き込んだ大惨事になったこと。
あの夢は、それのこと?
起こった時期が思い出せない。
あれは私が幽閉される前だった? あとだった?
あとだったとしても、未来と事の起こりがずれてきているいま当てにはならないのだけれど。
「大きな羽とはなんだ? それがどうしたというのだ?」
「見たことのないものでした。大きな羽が回って…そして燃えて谷が火にのまれました」
「羽が回る? 魔道具か?」
「そんなものは聞いたことがありません」
イリとモアディさまはが顔を見合わせる。
「谷と言えば、スハジャ公国にもいくつか渓谷があるな。カッキ、サイム、クローカ……」
「クローカです!」
イリが指を折りながら渓谷の名前を揚げていき、聞き覚えのあったクローカの名前で一気に思い出す。
キリカが、「クローカはいい綿が撮れる産地だけど、畑が全部焼けてしまって叔母さんが布を仕入れられないと嘆いてるわ」と話ていた。
渓谷での災害なんて洪水以外に滅多に起こらないはずだから、きっとその災害のことだわ。
時期的には、私がまだ学園に通えていた頃だから大きなずれはない。
「クローカ? あそこには、農地ばかりで特に変な施設はないはずだ」
やっぱり、まだ知られていないことなのね。
「クローカなら、明日には着けます。軍の合流は少し遅れることになるが、確かめてみてはどうですか? 夢見の力」
モアディさまの提案に、イリは少し考えるような仕草をした。
寄り道をするかどうか迷っている。
思い出した以上、私は迷えなかった。
間に合うのなら―――――
「私の口でうまく説明できないけれど、行けばわかる。行ってその目で確認してください」
週一更新ごめんなさい。
連休は仕事なので進められなくて自分でももやもや。
早くクローカ渓谷に行きたいっす。




