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第十話 契約

 指定された小屋は、街のはずれ。


 大きな教会の裏で、通りからはその小屋が見えないようになっていた。




「遅刻だ」




 わかりにくくて、迷ってしまい指定された時刻を過ぎてしまった。


 少しだけ。




「ごめんなさい、通りすぎちゃってて……わかりにくい場所で」




 腕を組みふんぞり返り、態度で不満を表しているイリにちょっと嫌味を込めてみたけど、たぶん通じていない。




「ひとりですか?」




「そうそう貴重な魔法師を外に出せるかよ」




 そんなこともわからないのかというような答えだった。




 見てわかるけど、確認しただけなのに。


 なんでこの人はこんなに偉そうなんだろう。




「あのこの小屋って……」




 イリ以外に誰もいないけど、この小さな小屋は椅子が置いてあるだけで誰かが棲んでいたり、なにかの荷物置き場のような感じはない。




 場所的に教会の一部だと思うんだけど。




「ここはまぁ……心配しなくても人払いもしてあるし、使われていない場所だ」




「そ、そうですか」




 イリは何者なの?




 こんな場所を用意できて、貴重な夜鳴鳥よめいちょうを操ることができる。




 夜鳴鳥は人に懐かない夜行性の鳥だけど、うちに来た夜鳴鳥は愛らしい目を、くるくるとさせて撫でさせてもくれた。




 あんなに人に懐く鳥ではないはずなのに。




「時間がないから用件だけ言うぞ」




「はい」




 イリは、このあと北の行商が来るから、その行商と交渉すること。


 自分はここに居はするけれど、交渉自体は私だけですること。




 一人でっていうのは心細いけど、誰にも頼れないから仕方ない。




 私がうなずくと、イリは指で「4」を示した。




「なんですか?」




「なんですかじゃねぇよ」




 わからないと言うと、イリは頭の悪い女を見る目つきに変わる。


 言葉にしなくても、そういう感情は表情で伝わってくるものだ。





「俺の分け前は利益の4割」




「はぁっ!?」





 私は、お母さまの残してくれた一万リリーを、全額この取引につぎ込むつもりだ。




 とにかく動くためには資金がいる。




 何をするにもお金がかかるのは、世知辛い世に中だから仕方ない。




 でも繋いでくれただけで4割なんてあんまりだ。





「4割は厳しいです」




「……じゃあ、3で」





 指を1本減らして示されたけど、それでも納得できない。




 私はおずおずと指2本を提示してみた。





「2ぃ? ……まぁ、いいだろ。俺に損はないしな」




 うぅ……本当は2だって渡したくないけれど、2割渡しても私にはだいぶ残る計算だから承諾した。




「それじゃあ、契約締結な」




 にやりと笑ったイリは、懐から丸めた紙を取り出した。


 さらさらと、その紙にイリが署名をする。


 イリが用意したのは魔法紙だった。




 話した文言がすうっと浮かび上がる、不思議な紙。


 そこに名前を記すと、再び白紙に戻った。




「え?」




 驚いていると、イリが紙の端を持って私の方に差し出した。


 受け取ると、すぅっとまた字が浮かび上がる。




「記名をした両者が、同時に触れたときだけ浮かび上がる」




「あぁ……」




 なんて便利。


 これなら、誰かが見たとしても白紙のただの紙。


 高価で貴重なものだから、実物にははじめて触れた。




 そんなに重要な契約とは思えないのに、大げさだなって思ったけど。




「来たな」




 扉の外の足音に気づいたイリが、窓から外を確認して扉を開けた。




 入ってきた商人は二人。


 私を見たけど、まっすぐイリの方へ歩いて行って握手を交わしていた。




 商人も、私のような小娘が商談相手とは思わないだろう。




 イリは軽い挨拶を交わしたあと、私を指さした。


 やっと商人が私の方を向く。




「こんにちは。私はカイゼン公爵の娘のリーディアです。ちょっとお父さまには内緒で、仕入れたいものがあるのでお呼びたてしました」




「おやおや」




 顎のひげを撫でながら、私を上から舐めるように見ている。


 値踏みされている?




 ひげを蓄えた小太りの男の方が親で、隣の大柄な男は従業員か護衛というところかしら。




 それにしても、私を見てニヤニヤと気持ち悪い。




 こんな人を紹介するなんて、とイリを見たがイリは窓の外を見ていてこちらを気にしてなんていなかった。




 信用してよかったのか、自分の判断が揺らいだけど、ここでやめますとももう言えない。




「商売なら、カイゼン公爵としたいですなぁ。こんなかわいらしいお嬢さんではなく」




 値踏みは終わったみたいね。


 私は交渉する価値がないと見られたのね。




 腹が立つわ。




 公爵はもともとお母さまのものだったのに、結婚でお父さまもそうなっただけなのに。




 まぁ、下に見る気持ちもわかるけど。


 金になると言われてきたけど、相手がこんな小娘だったのだから。




 それでも、私は話しを進めるけどね。




「いまハスの毛の相場はいくらぐらいかしら」





 交渉わたしの価値はわかったけど、私は交渉に入った。




 ハスはお肉のために飼われる動物だけど、その体毛はふかふかの絨毯のようで、その毛をかって毛糸にして編めば、一般庶民用の冬の防寒着になる。




「ハスは……1束50ぐらいだ」




「1束?」




 単位がよくわからない。




「はぁ……そこから説明か。おい、椅子持ってこい」




 深い溜息を吐いて、ひげ男は隣の男に壁に寄せられていた椅子を指さし持ってこさせた。




「1束はだいたいハス5頭分ぐらいを束ねたものだ。それでできる毛糸は……編み上うわかけが20着できるぐらいだ」




 椅子にどかっと座ると、嫌な顔しながらも、ひげ男はそう説明してくれた。


 意外と実は親切な人なの?




「ありがとうございます。では毛皮は? 貴族用の高級なものがいいのだけれど」




「貴族相手のものか……」




 ひげ男はひげを撫でながら、ぶつぶつとなにかつぶやいている。




 ちらっと聞こえたのは、どれもふさふさの体毛を持つ動物の名前。


 なにが適しているか、独り言をつぶやきながらめぐらせている。




「貴族相手となると、フォグかミンキーだな。これは値が張る。いくらいまが安い時期とはいえ一着分だいたい500か」




 ひげ男は私に手を開き「5」をしめした。




 500、思っていたより高いわね。


 それでも。


「ここに、1万リリー現金であります。これで買えるだけの毛皮とハスの毛を買い付けてほしいの」




 私は持っていた鞄の中から、1万リリーの札束を取り出した。


 ひげ男の目の色が変わる。




 商談には普通は手形が一般的だけど、私はまだ信用がなくて組めない。


 なら、現金はなにより強いはず。




「現金か……だが手付だけを今は預かる。うちはそういうしきたりだ」




 信用がないなら手付も当たり前だろう。


 手付だけなら、たとえ逃げられても全額より痛手は少ない。


 私はうなずいて、束の中から10枚引き出した。




「どのくらいかかるかしら」




「10日、明後日に隣町で市が開くからそこで仕入れられる」




 10日だなんて、思ったより早い。


 これは、このあとのことも早目に準備を進めていかないといけない。




「毛皮とハスの割合はどうする? 高い毛皮を買い付けた余りでいいんだよな?」




「いいえ」




 ひげ男の確認を、私は否定した。




「ハスを7、残りで毛皮を」




「ななぁ!?」




 ひげ男の大きな声に、イリもやっと窓から私へ視線を向けた。




「なぜだ。貴族相手の方が値を釣り上げられるぞ」




 わかってる。


 でも、私には『記憶』があるのだ。





「いいの、それで……」




 この年、休眠していた火山が突然噴火して、山が一つなくなる。




 そのせいで北方の寒気が冬を待たずに一気に吹き込み、いつもよりも低くなった気温に、冬支度が間に合わなかった庶民がたくさん死んだ。




 貴族はいい。お金があれば、なんとでもできたのだから。




 だけど庶民は違う。それも、体力のない子供や老人が多く死んだ。


 この教会の墓では足りないほど、たくさんの人が。





「契約書にサインを」




 助手が手渡してきたのは、「ミト商会」と名が記された契約書だった。


 名前だけは知っている、隣町の大きな商会だったはず。


 こんな人を連れてくるなんて、イリはますます謎の人脈だわ。




 護衛にでもついたことがあるのかしら。




 南国から来たあの親子はその寒波に、ぱんぱんに毛皮を着込んでいたっけ。




 離れでは火炭ももらえず、私は寒さにベッドの中にこもるしかなかった。




 毛皮が高く売れたら、いい炭を買わないとね。


 ああそうだ、少し値が張っても魔法炭にしよう。




 あの寒さを思い出して、絶対買おうと決めた。




「では、10日後にカイゼン邸にお持ちすればよろしいか?」




 私が契約書にサインをすると、ひげ男は丸めて鞄にしまった。




「裏口から入った離れに……」




「……事情がおありのようですね」




 察しがいい人は好きよ。


 商人には必須のスキルよね。




「よろしくお願いします」




 二人が出て行ってしまうと、イリと二人だけになってしまった。


 気まずい。




「なんで高級な毛皮の割合が低いんだ?」




 ミト商会が聞かなかった理由を、イリは聞いてきた。


 自分の取り分が減るんだから、気になるだろう。




 これから起きることを、話せない。


 話したところで、信じてもらえるとも思えないけど。




「失敗したくないの。それに、私は貴族が嫌いなのよ」




 嘘をついたら、イリはそれを見抜きそうだ。


 だから、本当のことを言い訳に代える。




「うちの木に、スリギの卵が産みつけられるの。毎年よ」




「スリギ?」




 イリは、スリギのことを知らないみたいだった。




 スリギは春を報せる虫のひとつだけど、秋に卵を産む。


 その卵の位置で、その冬の降雪量をはかれると言われている。




 木の下の方なら、降らないか降っても少しだけ。


 上の方となると、その年は降雪量が多いとされている。




「うちはスリギの繁殖する森の近くで、よく飛んでくるの。街より早く」




 虫の予報なんてと侮れない。マリは、スリギの卵をわざわざ探して冬支度をしていた。




「今年は寒くなる。それは確かなの。だから、毛糸の原料を押さえたのよ。貴族には高く吹っ掛けるけど、庶民には安く売りたい」




 編み上かけだけでしのげないかもしれないけど、叩いて布団の中に綿の代わりに入れれば温かくなると、あの時街では言われていた。


 でも、その原料もいきなりは揃えられなくて、間に合わなかった。




 噴火して寒くなってからでは遅い。




 スリギの卵を理由に私が手に入れた後、「今年は寒くなる」と噂を流せば、冬支度を早く始めるだろうし値が吊り上がる。


 そのタイミングで売りたい。




 それなら、早くに資金増を狙えるはず。




「なぜ本邸ではなく離れなんだ? 倉庫がそこにあるのか?」




「……倉庫みたいなものよ。がらんとした部屋がいくつかあるからそこに詰め込むわ」




 本邸と離れの間には木立があって、どちらからも見えない。


 こっそり荷を運び込むのもできると思う。


 私の存在を消したかったのを利用する。


 お父さまは離れには寄り付かなかったから、派手にやらなければバレないだろう。




 焦りはあるけど、少しずつ変えていくしかない。


 お金は一気には増えないものだし、裏で動いているのがバレたら行動に制限がかけられるだろう。




「お前になんの秘密があるんだ? 公爵の跡継ぎなら何もしなくても優秀な婿をとって……」





「ふふ……」





 思わず笑いが出てしまった。




 優秀な婿、になるはずの人に私は首を落とされるのだ。


 たぶん私の死後は、義妹と婚姻しただろう。




 お父さまにとって、優秀な婿が来ることに変わりはない。




「なにがおかしい?」




 イリは私が笑ったのが気に食わないのか、眉間にしわが寄る。




「ごめんなさい。結婚なんて、遠い話だなって」




 遠い話というか、それどころじゃないというか。




「別に遠くはないだろう、貴族なんて卒園したら……いや在園中から婚約するものだ」




「そうですね」




 私も来年するはずだった。




 お母さまが亡くなって、喪があける来年まで延期になっている間に、ユハスさまは義妹のクミンに心変わりした。




「イリこそ、秘密が多そうですけど」




「俺!?」




 なにを驚くことがあるのかしら。


 こんな小娘にいい商人を紹介してくれるなんて、どんな下心があるのかと。




 手数料だけとは思えない。


 まさか、私の身体目当てもある?




「秘密の多い男の方が、魅力だろ?」




「はぁっ!?」




 なにを思ったのかウインクなんて投げてよこすから、心の底から嫌悪の声が出てしまった。




 それを聞いて、またむっつりと不機嫌な表情になってしまったけど、それの方がイリらしい。




「……定期的に夜鳴鳥をやるから、なにかあるなら言付けろ」




「な、なにが目的!?」




 身体なの!?


 思わず身を護るように、両腕で自分の胸を隠した。




「も、目的なんて金だ!! お前のような薄い胸女の身体なんて興味ねぇからなっ」




 薄い胸女!? 失礼すぎる。


 まだ発育途中ですから!


 数年後もですけど……。




「では、私は買い物もありますしこれで失礼します。ありがとうございした」




 傷ついたけど、お礼に頭は下げて私は小屋を出た。




 人は本当のことを言われたときほど嫌な気持ちになるものだけど、ほんと腹立つ。




「これは、美味しいもので晴らすしかないわね」




 このムカムカしか気持ちを落ち着かせるのは。

イリ、私はいい男だと思いますけどね。

でもイライラする気持ちもわかります。

女は胸についてはいろいろコンプレックスありますから。

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