仲が悪い? いえ、とっても仲いいですよ
三角関係じゃなくて、三人で仲良く展開
クリムゾン公爵令嬢エンジュは王子主催のお茶会で通された席を見て、どういう意図があるのかと内心首を傾げたが扇で顔を隠して表に出さないように――いや、そもそも感情を抑え込むことを常日頃心掛けているので動揺することもなかった。
「エンジュさまもこの席なんですね」
常に微笑んでいるように見えるがただ糸目なだけと薄い水色の髪のエンジェルフィッシュ公爵令嬢アクアは同じように驚いているが、その事実をエンジュ以外気付いていない。
二人は犬猿の仲――――――――ではない。
まあ、彼女らの親を含む先祖代々不仲で彼女らが幼少の時から互いの家の悪口ばかり聞かされてきたのでそうなってもおかしくない環境ではあったが、そんな親の教育に染まることなく、二人は互いの家族に悟られない程度に仲が良かった。
「わたくしたち二人だけみたいですね。――どうやら、愉快犯が席を考えたとか」
アクアがそっと扇で示すのは、この茶会の主役である第二王子。
「噂になっているわたくし達の力を見てみたい。という悪ふざけなのでしょう」
「悪ふざけ。ですか……」
アクアの言葉に本来ならば怒りが込み上げてもおかしくないが怒りは湧いてこない。
感情をコントロールすることに長けていたから。互いに。
「……わたくし達は見世物ですか」
「王族からすればそんなものでしょう。魔力を始祖レベルまで高めた令嬢など」
この世界では魔力がすべて。だけど、魔力は代を重ねるごとに弱まっていき、その事実に憂いを覚えた貴族らは魔力を強めるために様々な行いをした。
近親相姦はもちろん。同じ属性同士の結婚。まあ、他にもいろいろ。そんな努力(?)の甲斐あって、無事魔力の優れた貴族令嬢が誕生した。
それがアクアとエンジュであった。
「殿下の魔力属性はなんでしたっけ?」
「光属性ですね。炎をより純度を高めて、水をより清潔にする。昔は光魔法は精神異常を正常化したりできたらしいですけど、せいぜい気休め程度ですね」
「医術に求められた魔属性だったのにすっかり医術から遠ざかり、式典の時に見せびらかすかのように光るだけ。――で、わたくし達を見世物に使うつもりですか」
にこやかに微笑みながらの会話内容は周りに聞こえていないが、周りからすれば社交辞令を言い合って、そのうち魔力が暴走しないかと期待しているのがありありと伺える。
炎属性を始祖レベルまで高められたわたくしと同じく水属性を始祖レベルまで高められたアクア嬢。
互いの属性。同じ穴の狢でありながらやってきたことを非人道的だと互いの罵る様を見せつけられた。互いにお前こそ我が一族の誇りだと告げながらも感情が高ぶると魔力が暴走する娘が恐ろしくて自慢する時以外触れようとも近付こうともしない。
生まれながらにして、愛情もぬくもりも知らずに育ってきた。
そんなわたくし達はそんな親のエゴで見せ者扱いされていた時に出会った。
(………貴方もなの)
(わたくし達同じみたいね)
言葉を交わさなかった。それでも通じ合うものはあり、すきを窺っては相手の動向を気に掛け続けた。
本日の主催者のように面白がって近くに座らせようとする輩もいたからこそ会話も交わせる時間もあった。
「殿下主催の茶会に呼ばれたのなら婚約者になれと厳命されたのよ」
「わたくしも同じですわね。――水属性の最高傑作を作り出しておいて使用目的がそんなものなのに呆れてしまいましたわ」
にこやかに見える細い目でそんな毒を吐くアクアに糸目ってずるいなと思ってしまう。
エンジュは上がり目で髪の毛が鮮やかな紅色で波打っているくせ毛なせいできつい性格とか苛烈だと勘違いされやすく、今も自分がアクアに喧嘩を吹っ掛けて炎を撒き散らすのではないかと期待されているのだ。
「まあ、実際」
「触れるのを怖がっている輩が婚約なんて無理な話よね」
感情の揺れ一つであふれる魔力を持つのを実の両親ですら恐れているのだ。王子など見せ者扱いこそしつつも婚約者などと恐ろしいこと出来ないだろう。
「「………」」
人のぬくもりを知らない。愛された記憶もない。それでも友に会えた。それだけでも僥倖だろう。それ以上の幸せなど求めてはいけない。
「……そう言えば、第一王子の話を聞いたことなかったけど」
「そう言えば、そうね」
ここの主催は第二王子だ。第一王子の噂を全く聞いたことない。
自分たちに噂を届ける人物も少ないがと考えていると視界の端で第二王子が何かを従者に指示しているのが見える。必死に諫めようとしている従者に無理やり何かをさせているのがはっきり見て取れたのでアクアにアイコンタクトで何をするつもりなのかと首を傾げていると、
「こ。これを…………」
怯えたように先ほど殿下に何か言われていた従者が現れて、お茶を運んできてくれる。そういえば、お茶の用意をされていなかったわねとみな自分たちに恐れをなして持ってこないことが多いので気にも留めていなかったので、じっと従者とお茶を悟られないように見つめる。
定番だとお茶に何かを仕込んでいるんでしょうね……見世物にするつもりで。
呆れてものが言えないと思っていたら、お茶はまだ従者の持っているお盆の上だ。そろそろ渡されてもいいと思うが……。
「危ないっ!!」
声と同時にお盆の中身が掛けられるのがスローモーションに見えた。
とっさにアクアがわたくしを守ろうとするかのように魔力を紡ぐのと驚いたわたくしが無意識で魔力を使おうとしていたが……。
ばしゃっ
「ったく。邪魔するなよ」
苛立ったように告げる第二王子の声。
「も、申し訳………」
「気にするな。――どうせ、あいつに言われて逆らえなかっただろうしな」
紅茶が全身に掛かっている銀色の髪に赤い目の青年。とっさのことだったのだろう。青年の手がわたくしとアクアの魔力を放とうとしていた手を掴んでいた。
「「っ!!!!?」」
捕まれた腕に戸惑った。わたくしもアクアも。
戸惑うのも無理もない話なのだ。
わたくしもアクアも人に触れてもらった記憶が無い。赤ん坊の頃から魔力を暴走させて、誰もわたくし達の面倒を見ようとしなかった。
触れられた記憶もないし、生きられたのはわたくし達の本能で生きるために必要な最低限を魔力で手に入れてきたから。
赤ん坊の本能で親や乳母のすることはすべて行い続け、生きてきた。
感情を抑えられるようになってようやく貴族らしさを教え込まれたのだ。
そんなわたくし達はもしかしたら異なる属性だが同じ魔力持ちである相手には触れられるかと試したことがあった。
結果は無理の一言。
異なる属性が真逆だったから触れた矢先にわたくしとアクアの間に爆発が起きて、怪我を負った。
その事実に二人して泣いた。
一番の理解者に触れる事も出来ない事実に。
そんな理解者すら触れれなかったわたくし達に触れているのだ。
「火傷はありませんでしたか。って、失礼っ!!」
青年はわたくし達の手を掴んでいるのに今更気付いたのか慌てて放そうとするのを今度はわたくし達が離さなかった。
「っ、こっ、これはこれは兄上。出席するとは思いませんでしたよ」
第二王子の言葉に青年が第一王子だと初めて知った。いや、よくよく見れば第二王子の金髪金目を取り除き、醜悪な顔つきをはぎ取ってしまえばそっくりだ。
「あれが魔力なし……」
「出来損ない王子……」
ひそひそと会話しているつもりだけどわたくしとアクアの耳に当然届いてる。それはすなわちこの青年……第一王子のも届いているとというわけで。
だけど、第一王子は表情を変えずに聞いていた。それがどうしたと全く気にせずに、いや、それよりもわたくしとアクアが掴んでいるからそっちに気を取られているというのもあるかもしれない。
「アクア」
「エンジュさま」
第一王子を掴みながら手を伸ばし、互いの手を掴んだ。
掴んだ。掴めたのだ。
あれだけ触れる事が出来なかったのに、触れる人が現れて、心から信頼している親友と呼べる存在にすら触れれなかったのにそれを可能にしている。
「「……………!!」」
これを逃がしてなるものか。
「助けてくださりありがとうございます。わたくしはエンジュ・クリムゾンと申します」
「同じく助けてくれて感謝します。アクア・エンジェルフィッシュと申します」
逃がさないとばかりに掴んだまま、親友の手を握りながら挨拶をする。
「ああ。名前は聞いたことある。………ミラク・セントリースだ」
セントリースというのは王族の姓。だが、そんなの興味ない。
「では、殿下とお呼びすれば?」
「ああ。そう、なるな」
言い淀んでいるが、出来損ないと言われ続けた弊害だろう。ならばしっかり肯定してあげようとアクアと共に頷き、
「着替えをした方がよろしいでしょうか。ですが、もっとゆっくり話をしたいのですが」
「お茶を一緒に飲みましょう。――そこの貴方、用意してくださりますよね」
お茶を掛けたことは不問にするから用意しろと脅して、従者を下がらせて椅子をすすめる。もちろん椅子を一つ増やしてもらっておく。椅子を用意しようとしないから一瞬だけアクアが手を離して水で椅子を作ろうとしたのを見てそこらにいるメイドがビビったからだ。
第二王子は水で椅子を作ろうとした際に興奮したように見ていたがそれは無視しておく。
この方を手に入れる。
最初はそこまで考えが回っていなかったが、交流を深めましょうと話をしていくうちにその人柄に仕草に、どんどん目を奪われていく。
いつもならここまで興奮しているのなら魔力の流れが乱れていてもおかしくないのに正常を保っている。おそらくアクアもそうだろう。
自分とアクアは理解者で親友。
ならば、
(一緒にこの方を手に入れましょう)
(三人でいたらずっと幸せでいられますね)
もちろんわたくし達二人だけ幸せではない。話をしているうちに気付くのだ。この方は魔力無しと王族でありながら居ないもの扱いか。見世物にするために呼ばれるだけの存在。
本当ならお茶会に参加するつもりはなかったのだろう。でも、わたくし達が見世物にされそうになっているのに気づいて顔を出した。
優しい方だ。
皆がいらないと扱うならわたくし達二人が貰ってしまおう。
それにたぶんこの方は…………。
それから迅速に動いた。当然反対意見もあった(魔力無しと結婚するとか相手の家と張り合わないことが許せないとか勝手なことを言っているが)気にしない。
まあ、周りが煩わしかったし心許せる相手はいない状況だったから国を捨てる決断に迷う必要などなかった。
「アクアもエンジュも力仕事に慣れていないだろう」
今まで誰も自分の世話をしてくれなかったからと自分から力仕事をしてくれる夫に魔力が強すぎて自分のことはすべて自分でしていたのだと二人して話をして、それを悲しい話ではなく笑い話に出来るほど心が穏やかな日々の中。
母国が魔力暴走で混乱していると風の噂で聞いた。
混ざり過ぎて、様々な魔属性を入れてきた王族は自分自身の魔力を抑えることが出来なくなっていたのだ。それを無意識に抑えていたのはいらない存在。
「まあ、そんなの」
「どうでもいいわね」
二人の魔女は愉しげに笑うだけだった。
百合の方が強い気が……。