狐の自問
私はいつからここにいるのでしょう。
覚えてはおりませんが、まだこの森に人がいなかった頃にはすでにここにいた気がします。
この森のほど近くに人が住み着き、増えていったのを見ていた覚えもございます。
長く、長く生きる内に気が付けば尻尾の数も増え、なにやら不思議な術も使えるようになっていた私は、人の子らには神の使いにも見えたのでしょう。
私のために社が建てられるのを眺めていたような気もします。
私はなぜまだここを離れないのでしょう。
かつてはあれだけ訪れていた人々も段々と少なくなり、やがては訪う者もいなくなりました。
社も荒れ果て、いまではネズミの子らが私の尻尾を追いかけて遊んでいるだけです。
どこかに行こうと思えば、どこにでも行けた気もします。しかし私は今日も崩れた社に身を横たえ、破れた屋根から降る日差しで身を暖めながら、尻尾でネズミの子らをからかいます。
なにかを待っていたような気もします。
ただ朽ちるのを待っていただけのような気もします。
私はなぜあの男を受け入れたのでしょう。
悲しげな目をした男でした。疲れ切った顔をした男でした。
死に場所を探して来たようでした。人から忘れ去られて寂れた社などは、なるほど、一人で死ぬにはちょうどいい場所に見えたことだと思います。
追い出そうと思えば簡単だったことでしょう。なぜそうしなかったのでしょう。
私はなぜあの男に幻を見せたのでしょう。
崩れた社を御殿に、彼の持っていた粗末な食事は絢爛豪華な御馳走に、安酒は高級酒に、そして薄汚れた狐は絶世の美女に。
一夜の夢を見せたのでしょう。
私はなぜ夜が明けるのを名残惜しいと思ったのでしょう。
重ねた肌の暖かさを。裏切られたと言いながら頬を伝った涙を。泣き疲れて眠る子どものようなその顔を。
あんなにも惜しんでいたのでしょう。
私はなぜあの男の言葉を否定しなかったのでしょう。
「これは夢だ。醒めれば現実があるんだ」
否定してしまえば、これが現実だと言えば、あの男はそのまま夢に溺れたはずでした。名残を惜しむ必要もなくなったはずでした。
なのになぜ私は、あの男の言葉を否定しなかったのでしょう。
口に偽りの笑みを浮かべ、黙って彼の言葉を受け入れたのでしょう。
あの男は去っていきました。私の住む社に向かい、一つ頭を下げてから。
それだけでなぜ私は満たされたのでしょう。
満たされたのになぜ、去っていくその後姿に胸が痛むのでしょう。
晴れているのに視界が微かに滲むのは、一体なぜなのでしょう。
私はなぜまだここを離れないのでしょう。
なにかを待っていたような気がします。
だれかを待っていたような気がします。
崩れ去り、もはや社の原型もないこの場所で。
なにを持っていたのでしょう。
その老夫婦を見たとき、私の心に浮かんだこの感情は、一体なんだったのでしょう。
子どもでしょうか。孫なのでしょうか。若い人たちに囲まれて、睦まじい様子で手と手を繋いでやってきた老夫婦。
ゆっくりと、歩幅を合わせて歩く二人。
ああ、その老婦人を見たときに、私は自分が獣であることを思い出しました。牙の、爪の、その使い方を思い出しました。
それらをその老女に突き立ててやろうという凶暴な衝動が身を包みました。
なぜ私はその衝動に身を任せなかったのでしょう。
なぜ老爺の幸せそうな笑みが、あんなにも美しかったのでしょう。
なぜ老爺の隣を歩く彼女を、あんなにも羨ましく思ったのでしょう。
あれから幾百もの季節が過ぎ去り、私の身が朽ち果てようとしているこのときに、あのときのことを思い出すだけでこんなにも満たされるのは、いったい何故なのでしょう。