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小説と純文学の終点

 最初に彼は言ったのだ。『私は万能者である』と。

 インターホンの奥、見すぼらしく、目の下のくまもうつるほど病的な様相に、誰が信じるのだろうか。僕もまた同じく、その怪しい男を無視し、追い払った。

 しかし彼はそれから一週間後にまたやってきて、また意味の分からない言葉を残し、さらにその一週間後に、また気味の悪い言葉を残し、最初は一人だったというのに次第にその後ろについている人も増えて見えると、その三か月後には五人ほどになって、先週と同じ言葉を仰っていた。

 いわば宗教勧誘であった。僕はそういったことには疎く、また興味すらなかった。とはいえ、毎週欠かさず町内を走る彼らの姿は非常に熱心で、それに心打たれたのか、あるいは血迷ったのか、僕は一度限り彼の話を聞いてみたくなっていた。警察等に追放する人もいる中、僕がそうしなかったのは彼らの頑張る姿にどこか同情してしまっていたからだろう。


 やはり彼の瞳は綺麗であった。服は汚らしく、顔色もひどいものであったが、その言動と気遣いは他の大人にはなかなか見られないものであった。

 『私は万能者である』などと言われても信じれなかった。彼の後ろについている何人ものが頭のおかしい人だと思った。だのにその思想は理想的で幻想的で気持ちのいいものであった。ゆえに私は彼を信じて見ようと決めたのだ。


 その次第に人は増えていった。年を増すごとに彼の名は広がり、その誠実さに心惹かれる人も増えていた。何が正しいのかわからなかった現代人も、自分が何なのかがわかり、信念を元に生きる方法がわかってきていた。

 やがて彼の思想は政治家にも伝わり、企業にも伝わり、メディアも彼を認めるようになった。その影響か、海外からも万能者の奇跡に助けを求める人々も。

 沢山の人に頼られるようになり、その力が善に発揮されていることを目の当たりにし、私たちも日々に活力があり、また資金も増えて大々的なイベントも楽しく、そして何よりも彼の様相が健康的になったところが嬉しかった。


 彼は人を集め、その内なる闇を祓っていた。疚しい人はその奇跡の力に触れて善を取り戻し、明るくなって帰っていく。それからまた人が来てはその力に救われて笑みに溢れた。

 ああ、私たちのやったことは正しかったのだ。どこにあるかもわからない、漫然な将来への不安だろうか、先の不幸も彼の奇跡によって良い方向へ行く。



 日は褪せていった。陽はそこにあるというのに寂れた堂が妙に久しいせいか、あまりに亡きようだった。

 月日は残酷なものだろう。彼の元にあった一派が裏切り、犯罪に手を染めてしまった。ゆえに彼の信頼は地へ落とされ、それからすぐに片手余りの人しかいなくなってしまった。彼の様相もすっかり、いやむしろ、最初よりも酷いものとなっていた。

 

 彼はよく自身の掌を見ていた。ときに哀しみ、ときに自信気に笑い、今は震えるそれに顔を隠すあまりである。

 僕は知っていた。彼は何も間違ってはいない、その力も偽りではない。今までに救われていた人も多かったのも事実。だのに僕は、軋む将来の不安に苛まれつつある、彼と同じく。いや、やり直しの効かない彼とはその強さが全く違っていた。


 また人が去っていった。すでに僕を含め数人ほどしかいなかった。

 その門から人が居なくなるたびに彼はまた顔を埋め、発狂した。万能者であっても助かることのない運命がある。私は彼の叫びを目の当たりにするたび、そう実感してしまう。


 もう終わりにしよう――――私は堂の扉の前、開ける前に、去ろうとした。その心持ちに今での時間の過ぎ日への寂しさや怒りはなく、彼への慈悲もまた薄らいでいた。その薄らぎに嫌悪した。


 「君も他の人と同じように去るのか?」


 彼は扉を破いて静かに僕の後ろへ云った。僕は彼の姿見を映すつもりはない、映してしまえば離れられない魔力に襲われる気がした。

 僕は何も言わずに離れた。また他の人と同じように、それが正しいと疑いたくなかったから。



 人は消え去り、屍は土となり、けれども無駄はない。何かしらの草となっては誰かがそれを肉へ還るのだから――――彼は肉を喰ってはいなかったが。  

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