子爵令嬢ココの白い結婚
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ココは寝室のソファに腰掛け、夫となったルードルフのことを待っていた。
ルードルフはウェイン侯爵家の嫡男であり、眉目秀麗で成績も優秀なのに婚約者がいないことは学園内では有名だった。あれだけご令嬢方にアプローチを受けていながら全く靡かない様子から、本当は男が好きなのではないか、なんて噂もあった。
ココは学園内で数度顔をあわせたくらいの関わりしかなく、婚姻の申し入れがあった時は両親と共に大層驚いた。母に至っては、魂が抜けたように座り込んでしまった程だ。
吹けば飛ぶような子爵家が侯爵家の申し出を断れるはずもなく、あれよあれよといううちに婚姻は整い、書面上の夫婦となっていた。
そして、実感があまりないままではあるが初夜を遂げるため冒頭にもどる。
どうして私と結婚しようとしたのかわからず考え込んでいると、ルードルフが部屋にやってきた。
「私たちの結婚は、形式的なものだ」
部屋に入るやいなや、ルードルフがそんなことを言うものだから私は唖然としてしまった。
「どういうことでございましょう?」
「そのままの意味だ。私たちは触れ合うことも、愛し合うこともない」
つまり白い結婚ということか。この婚姻にはなにか目的があるような気はしていた。白い結婚となると、身分の高い貴族同士で婚姻関係を続けるのは難しいだろう。身分の低い子爵家を選んだのも頷ける。
何も言わない私にルードルフは畳み掛けるように言った。
「この国には、『婚姻後3年間子に恵まれなかったものは婚姻を無効とすることができる』という法があるのは知っているな?」
「もちろん存じ上げております」
「私には真に想う人がいるが、私と結婚出来る身分では無い。その人と結婚する準備を整えたいが、適齢期になっても誰とも結婚しないのは外聞が悪いだろう?君と結婚している3年間のうちに、結婚準備を整えたい」
なるほど、そういう事か。私としては彼に好意を持っているわけではないし、想う人がいると言われても傷つくことはなかった。ただ、気になることがひとつある。
「なぜ私を、わが家を選んだのでしょうか?」
「いくつか理由はある。ひとつは君があまり自己主張をしない大人しい令嬢で、白い結婚と聞いても騒がないだろうと思ったことだ。もうひとつは…こんなことを言うのは悪いが、君の実家は財政難だと聞いて、そこにつけ込んだ」
わが家の財政事情まで調べているとは、さすが侯爵家。たしかにその通りだ。ペンリー子爵家は元々裕福ではなかったが、今年6歳になる弟が病に罹り、薬や看病のためのお金が必要になってから転がり落ちるように困窮していった。
「身勝手な願いだとはわかっている。だが、毎月君の実家に援助をすること、白い結婚の期間を終えた時には慰謝料を支払うと約束しよう。契約書も準備している。最低限の社交をこなしてくれれば、侯爵家が君に割り当てた予算内で自由に過ごして構わない」
実家への援助に慰謝料、そして最低限の社交。悪い話ではない。結婚適齢期である3年間を棒に振ることになるが、弟や家のことを考えるとメリットの方が大きいだろう。
「その白い結婚、お受け致します」
そう言って、私は契約書にサインをした。
次の日から、侯爵家での生活が始まった。社交は本当に最小限に抑えてくれて、契約の内容もきちんと守ってくれていた。形式上の夫であるルードルフは私と関わることを嫌がり、ほとんど会うことがないのもありがたかった。子爵家から侯爵家に嫁入りし、俗に言う玉の輿に乗った私を疎む周囲の人からは、「愛されていない可哀想な貴婦人」と笑われているようだったけれど、実際その通りなので大して気にはならなかった。
そんな状態の私を心配してか、義両親にはとても良くしてもらった。領地経営のことや社交界での立ち回りなど、知りたいと言ったことはなんでも教えてくれて、関わらせてもらうことも多かった。3年後にはいなくなることに罪悪感はあったが、充実した生活を送っていた。
ただ、わかっていたことではあるが侯爵家での生活は子爵家とはまるで違った。朝から晩まで使用人に全て世話をされ、毎日化粧をして、高そうで綺麗なドレスを着て生活することが息苦しかった。
結婚するまでの私は、令嬢とはかけ離れた生活を送っていた。屋敷に居る使用人は最小限で、生活の殆どは自分でやる。弟の体にいい薬草があると聞けば汚れてもいい服を着て森へ行き、急なお金が必要になれば行きつけの手芸屋の店員として何日か働かせてもらうこともあった。さすがに貴族令嬢がそんなことをしていると外聞が悪いので、目立つローズブロンドの髪色は栗毛のカツラで隠し、令嬢としての化粧ではなく簡単な化粧に変えていたが。
生活の中である程度のことは自分でも出来ること、使用人とずっと過ごすことが息苦しいことを伝えると、ルードルフは「好きにしたらいい」といい、私付きの使用人の采配を任せてくれた。私は気が合う侍女のミミと腕の立つヴァンスの2人を残し、その他の使用人は屋敷内の別な所に移ってもらった。
その2人と仲良くなってからは、他の人には内緒にしてね、とお願いして白い結婚のことや家族のこと、今までの生活のことを話した。そうすると、きらびやかなドレスを着たり肌を覆う重たい化粧をしたりすることもなくなった。
2人も自分の生活のことや仕事のこと、ミミに関しては自分の恋人の話まで色々なことを話してくれて、ルードルフとはほとんど顔を合わせないまま、婚姻期間はあっという間に過ぎていった。
そしてあの日から3年、契約通り婚姻は無効となった。事情を知った義両親は驚いていたが、謝罪と感謝を伝えると涙を流しながらも私の今後を応援してくれた。
薬を充分に買うことができたことで弟の病気は良くなり、慰謝料も貰えた私としてはすっきりとした気持ちでの最後だった。しかし、条件付きの婚姻を申し入れてきた張本人であるルードルフの顔つきは疲れ切っていて、歯切れの悪い様子だったのが不思議だった。
あとから聞くと、ルードルフの計画は上手くいっていなかったそうだ。私付きから離れた使用人もみんなルードルフの元で忙しそうにしている様子はあったが、私は干渉しないようにしていたためなにも知らなかったけれど。
あとから噂で聞いたところによると、ルードルフの想い人は忽然と消えてしまい、その後見つけることが出来なかったらしい。
「ココが気にすることじゃない」
そう言って、私の隣で笑ったのはヴァンスだ。
ヴァンスは白い結婚のことを知り、私に想いを向けてくれていたようだ。私も彼と一緒にいるうちに、3年後にはもう離れてしまうことを寂しく思う自分がいることに気が付き、これが恋なのだと知った。3年間、気持ちを確かめるようなことはしなかったけれど、何となくお互い察していた気がする。
「息子のせいで婚期を逃してしまった」と気に病んでいた義両親に、ヴァンスは侯爵家の使用人を辞め、私と婚約したいことを告げた。ヴァンスの気持ちに勘づいていたものの、そこまで真剣に考えてくれているとは思っていなかった私は驚いたが、義両親から私の意思を尊重すると言われた時は喜んで頷いた。
ココ・ウェインは、ココ・ペンリーに戻った。子爵令嬢ココは、愛する人と幸せな結婚をする。
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ルードルフ視点
「どうなっているんだっ!?」
ルードルフは叫びながら机を叩いた。物にあたってもどうしようもないことはわかっていても、気持ちの行き場がなかった。
今日も想い人は見つからなかった。
学園帰りのあの日、友人たちと買い物に出かけた。大通りから少し離れたところの店を見て回るため、馬車でゆっくりと進んでいる時に見かけた庶民向けの手芸店。そこで働いていた栗毛の少女にルードルフは一目惚れした。
学園でゴテゴテとした化粧を施してルードルフに付きまとう令嬢とは違う、素朴だが美しい外見。客に対して笑顔で接する姿勢。時には、子どもに目線を合わせるために床に膝をつくことさえあった。貴族令嬢では考えられない振る舞いをする彼女に心を奪われ、今日は彼女が店にいるのではないかと、その通りに足を運ぶことが多くなった。
しかし、彼は見目麗しき侯爵令息。普段は気になる店があれば、店の者を家に呼ぶのが当たり前。馬車を降りこの小さな手芸店に入っていけば、間違いなく騒ぎになる。彼女が怯えては可哀想だと、直接彼女と顔を合わせて話すことは出来なかった。
そして学園を卒業する頃になると、両親からそろそろ婚約者を決めるように急かされた。真っ先に思い浮かんだのは名前も知らないあの少女だ。しかし、身分が違いすぎて無理だろう。
だが、彼女が貴族らしい振る舞いを身につけ、どこかの貴族に養子縁組をしてもらえば何とかならないだろうか。ルードルフには、この考えがとても素晴らしいもののように感じた。
これを実行するにはどうすればいいか。まず彼女の気持ちを確かめなければならないが、地位もあり、容姿も成績も良く、今まで数多の令嬢からもてはやされたルードルフには彼女が自分を好きになるだろうという傲慢な考えがあった。
彼女を見つけ、求婚し、貴族らしい振る舞いを身につけさせる。その後は、彼の地位を使い他家の貴族に養子縁組をさせ、結婚する。
それがひとりよがりな考えだと彼は気づけなかった。
その計画を実行するには、ある程度の時間がいる。そこでルードルフは、ペンリー子爵令嬢に目を付けた。
家は困窮しており、大人しそうな性格で普段自分に近づいてくることもない。家格の差もあり、婚姻を結んだあとに白い結婚だと知らせても、家への援助をすると言えば断らないだろう。
そうして婚姻を結んでから1年半、未だにあの少女は見つかっていない。両親がココを気に入っていることもあり、ルードルフは焦っていた。
手芸店の店員に聞いても、「彼女はもうここで働くことはない」と言うだけで何も教えてくれない。金をやるといっても、従業員たちは口を割らなかった。
様々な手を使ったが、結局3年の間に彼女を見つけることはできなかった。ココには援助を盾に白い結婚の契約させたと両親に伝えると彼らは失望し、信頼を失うことになった。
また、両親はココを気遣い、社交界で彼女に関する悪評を払うために尽力した。契約に関しては家の評判に関わるため口にしなかったようで、子を授かれなかった経緯としてルードルフ側に問題があるのではないかと噂になった。両親がルードルフを庇うことはなく、継承権は弟に移された。
美貌こそあれ、3年間彼女の捜索以外何の努力もしていないため何も出来ず、子も望めないであろうルードルフと結婚しようと思うものはいなかった。
手芸店の彼女を手にしようとしたあの時の自分の考えやココにした仕打ちを悔やんだが、過去には戻れない。
あれだけ羽虫のように集まってきた令嬢はもうほとんどが結婚しており、地位もなく優秀さも衰えたルードルフは売れ残りとなった。
その後、ローズブロンドを風に揺らし、薄い化粧を施してドレスではなく軽やかなワンピースを着て笑うココを町で見かけ、「あの時の少女だ」と思ったがもう遅い。
彼女の隣では、ヴァンスが幸せそうに笑っていた。
読んでいただきありがとうございます!
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《追記》思っていたよりたくさんの人に読んでもらっているようで、驚いています…!
もう少し掘り下げて短期連載にするのってありなのでしょうか…??
たくさん評価もいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!
3/12 新作も投稿しました!少しテイストの違うものになっています。ぜひご覧下さい!