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4 峻厳の山陵

 村をあとにしたベティーは、ノコギリの歯のような鋭い岩峰が連なるカルディア山脈に向かって飛んでいく。


 向かい風のうえ標高を上げる登りのなか、多くの荷物を積んでいるので、(ほうき)の速度はいつもの半分しか出ない。

 さらに、箒の下に吊るしている荷物や、男を乗せた担架が強風で激しく揺れて飛行が安定しないだけでなく、箒の柄がミシミシとしなる音がする。


『大丈夫』

 ミーが不安気に言う(なく)

「私の魔法量は多いから、山脈を越す持久力は大丈夫と思うけど、箒の性能が今一つだし」

『箒の扱い方じゃないの』

「……もう、気にしていることを言わないで」

『ミャー~~』

 急に猫の声で鳴くミーに

「都合が悪くなると猫鳴きするぅ〜」

 ベティーがほっぺを膨らませる。



 ベティー達は、気球が越えてきた山頂が低くなる鞍部の峠を目指している。比高はまだ1000m以上あるだろう。


 しばらくすると、朝日が差し込み、険しい山体がその威容を現す。

 怪物の皮膚のような荒々しい岩肌、切り立った崖に底の見えない谷、この魔境とも言える山岳地帯の中に、ベティー達はあまりに小さく塵程度の存在だ。


 眼前に山体が迫ると、斜面は壁のようにそそり立つ感覚で、次第にその勾配も急になり、登るに従い速度が遅くなっていた。


『しんどそうだね』

「荷物が重いな……ハァ…ハァ…」

 ベティーの息が荒くなっている。


『魔力量はあるのにね』

「空気が薄くなっているからかな、力が出ない」

『だったら、時間をかけられないね。早く越えないと』

 ベティーは頷く。


 風は北の高気圧帯から山を越えて斜面を吹き降りる(おろし)のため、ベティーにとっては向かい風のうえ、颪に対して上昇するので山を越えるには最悪だった。

 さらに、気温は氷点下になってくる。


「おばさんがカイロをくれたけど、この寒さ半端じゃない」

 すると、ベティーの胸の中に納まっているミーが顔をだして

『僕がいて多少は暖かいだろ』

「そうね、たすかる」

 胸の中のミーはベティーの肌に直接触れているので意外に暖いが、それ以上に孤独で魔境のような山岳地帯の中で、話し相手がいるのは心強い。


 防寒着がハタメキ、フードから目だけを出しているが、入り込む冷風で頬が痛む。それでもベティーは、懸命に眼前の岩場の斜面を登り続け、高度を上げていく。

 そのあいだも、乱気流で急に降下したり、横風に煽られ崖にぶつかりそうになりながら、必死に箒を操っていた。特に吊り下げている男が重く、箒のコントロールを、さらに難しくしていた。


 昼になり、風を避けられそうな岩棚を見つけて一息ついた。

 振り返ると村が小さく見える。さらに遠望すると、峰々が折り重なり地平へと続く壮大な景色だが、堪能する余裕はない。


 絶え間ない強い風に凍えながら、おにぎりを食べていると

『あと少しだね』

 ミーが峠を仰いで(つぶや)くが

「………」


 ベティーは疲れもあり口数が少なく、目標の峠が果てしない高さに見える。ここで辞めたい気持ちで、行く手をただ呆然と見上げていた。

 体中が鉛のように重く、もう動きたくないが、いつまでもじっとしていられない。

 

「いこうか……」

 力なく言うベティーは、再び飛んだ。


 飛び始めてしばらくすると「ビシ! 」という鈍い音がした。


「なに………」

 手元を見ると、握っている箒の柄に数本の割れ目が入っている

「ひびが……」

 次第にひび割れは進行するとともに、箒の柄がバタバタと振動し、なんとか握って抑えた。

「このまま飛ぶと折れてしまう」


 ベティーは周りを見て、登っている斜面の横にある深い谷を挟んだ絶壁の中に(ほこら)のような亀裂を見つけ、その中に逃げ込んだ。


 絶壁は南向きなので風はましだった。ベティーは、箒の柄の割れ目を紐で縛って補強し始めたとき

「そんな、応急処置ではもたない。俺を置いていけ」

 横で担架に寝ている男が言うが


「ここで、別れたら、たとえ峠を越しても、行先がわからない。おじさんには一緒にきてもらわないと」


「いや、戻るんだ。ここからイリア村に戻るなら追い風で一気に下れるし、折れかけの箒でも、お嬢さん一人なら大丈夫だろう」

「そしたら、おじさんの村の人達が……」


「俺の村もだが、ここでお嬢さんになにかあったら。それこそ無駄死にだ」

「………」

 ベティーは戻る気はなく、答えるのも面倒なようで無言で箒の補強をした。


 横で防寒着の中に(くる)まっているミーが

『箒の代用はないの』

「こんなところにあるわけないでしょ、一時的ならどんな棒でも代用できるけど」


『デッキブラシとか』

 ミーのつまらない冗談に、ベティーは閉口する。周りは氷と岩盤だけで、小枝すら落ちていない。


『棒なら、担架の棒を使えば』


 ミーの発案に少し考えたあと

「たまには、いいこと言うじゃない。それでいこう。おじさんは私が背負いましょう」


 すぐにベティーは担架をばらして、その棒で箒に添え木をして縄で縛って補強する。

 一方、男は落ちないように背中に背負わなくてはいけない。

 小さい体のベティーに、大柄な男が覆いかぶさるように背負われ、体にひもを回して括りつけた。


「ううう……」

 男はベティーの背中にヒビの入った胸が圧迫され、苦痛の表情をする。

「ごめんなさい」

「ははは、大丈夫だ。そんなことより、すまないなお嬢ちゃん。こんなおっさんを背負わせて」

 作り笑いで、やせ我慢を言うが。

「もう、お礼は無事に村についてから」

「そうだったな」


「それじゃあ、いきます」

 崖の真下は絶壁で足元がすくむ。

 大きく息を吸い込むと、思い切ってジャンプするように跳び出した。

 一瞬、落下するがなんとか食い止め、懸命に峠に向かう斜面に向かう。


 峠に向かう斜面も45度以上の急勾配で、所々に絶壁があり、落ちるとそのまま千メートル以上の谷底まで一気に落ちてしまう。

 ベティーは下を見ないようにして、再び斜面を登り始めた。

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