真実を知っても欲しいと願う
わからないことだらけで困惑している俺を見かねてなのか、国王陛下は席を立ち手招きをしている。
静かに付いてこい、ということだろう。
小さく頷き、後を追うとそこは禁書庫だった。
王族以外が入ることを許されない禁忌の書物が並ぶ特別な場所。
「へ、陛下。俺が入っても、いいのですか……?」
「ルカと添い遂げたいんだろう?それなら、お前も知るべきだ」
禁書庫の鍵を使い、扉を開くとそこは廃れた教会のような広い作りをしていた。
天井には神々が描かれ、ある一点の壁画に描かれた少年を初代国王が抱き締めている。
その少年の容姿には見覚えがあった。
「初代国王に抱かれているのは、ルカ……?」
「正確には初代国王に保護された神の生まれ変わりだよ」
陛下はそう言いながら、一冊の本を渡してきた。
古い絵本のようだが、文字はそれほど難しくはない。
神々が集う神界。人々にとっては聖なる領域、そして決して悪など存在しない場所といわれてきた。
しかし、その隅で傲慢な神の一人は、愛くるしい猫神を虐待しつづけ死に至りしめたという。
猫神を哀れんだ地母神が人々の世界へと少年の姿で転生させた。
そして決してその傲慢な神に見つからぬように、と時止めの魔術を彼に施したのだ。
彼を心の底から愛する存在が見つかるまで、正体は秘匿され続ける約束を国王と交わし、
その少年は護衛魔術師として歴代国王たちを守り続けている。
絵本にはそう書かれていた。
読み終わった後、じっと国王陛下を見ると前と変わらない微笑みを向けている。
「ルカの正体は、あの邪神堕ちした傲慢な神から殺された猫神様なんだ。そして、彼を愛する存在。それが騎士団長、あなたのことだよ」
「し、しかし、俺はまだ好意を伝えたことがないのですが……?」
「ルカは薄々気づいていたみたいだよ。あまりにも奥手だから自分から突撃していったようだけど」
あの体当たりと餌付けは、アプローチだったのか。無邪気すぎて全くわからなかった。
複雑な心境だが、ルカの正体を知ったということは神の伴侶になることを認められたと思っていいだろう。
俺はどんな顔をしていたのか、絵本を受け取りながら国王陛下は笑っている。
「すごく困った顔をしているね。ルカは無邪気だからそういう方法しかわからなかったんだよ」
「ルカの正体が猫神と言われても納得がいきます……」
「自由で可愛いところが、本当にそのままだよね。あんな風でも、神魔力は特別高いから王族はみんな大事にしてきたんだ」
どこにも書物に書かれていないが、きっとルカは今までずっと王族の人々を守り続けてきたのだろう。
あらゆる厄災も自分自身の持つ神魔力を使い、防衛を続けてきた、のだと思う。
もしかしたらこの禁書庫には、その記録があるのかもしれない。
「陛下、ルカの実績についてはここに記録があるのでしょうか?」
「うん、あるよ。ルカの功績は全てこの本に……あぁ、これこれ。ごめん、少し重いかもしれない」
渡された本、というかもはや辞書レベルの分厚いものを渡された。
確かに本の重さにしては重い方だ。剣より重くはないが。
近くの簡易机に本を置き、ページをめくると初代国王の頃からの実績が全て記録されていた。
統一戦争の防衛、暗殺阻止多数、王城の防御壁。
それらは全てルカの功績だったとわかった。少数部隊だった国王軍は、その人数で他四国を制圧したというのは歴史で習ったことがある。
けれど、制圧に際し防衛面はどうだったのかというと、その記載が存在しなかった。
「あいつ……一人で守り抜いていたのか……」
「ねぇ、騎士団長。いや、アレックス・ブラント・フレイヤ。俺たちの神の存在を知っても尚、お前はルカを愛しているのかい?」
これだけ重要な存在を、お前に守れるのか。その言葉が隠れていることが、なんとなく察することができる。
国宝級の重要人物。存在の大きさを知っても、それでも欲しいのか。
国王陛下は優しい顔をしているが、瞳には真剣さが見える。
「……はい。俺は、ルカを愛しています。命に代えてでも、守り通します」
「ふふ……本当にアレックスは、神殺しの騎士、だよね」
どういう意味なのかと聞こうと思った瞬間、後ろから衝撃があった。
いつも通りならルカだと思うのだが、なんだか身長が大きくなったような気がする。
「団長ってば、どうしてボクに言ってくれないのかなぁ……?」
声変わりし始めた頃の中性的な声。けれど、その言い方は間違いなくルカだ。
いつも通り引っぺがして正面に持ってくると、拗ねた顔をしているが服装は本人。
今ははっきりと顔がわかる。セミロングの黒髪に、右目が緑で左目が青のオッドアイだ。
成長し始めたばかりで幼さが残る顔立ちに、もう一度心が高鳴る。予想以上に素顔が可愛かった。
「……ルカ、お前……そんな顔だったのか……」
「え?あ、そっか。一度も見せたことなかったもんね。そうだよ、こんな顔。嫌だった?」
「可愛すぎるのでフードを付けてくれ」
ふぎゃ、と悲鳴をあげていたが急いでフードを付けさせた。
その光景を見ていた国王陛下は大きく噴き出して屈んでしまった。笑いのツボに入ってしまったようだ。
しばらく放置しておこう。
「もー、団長は分かりやすいなぁ……でもそんなところが可愛いんだけどね」
「お前の目は節穴か。俺のどこに可愛い要素がある」
「乙女みたいに純情なところ」
「よし、医師のところへ行くぞ」
「本当なんだってばー!!ねぇ、ちょっと、団長ってばー!」
そのまま成長したルカを抱き上げ、禁書庫を後にする。
部屋を出てすぐにルカを下ろし、抱き締める。
「アレックス」
「え?」
「名前で呼んでくれ。俺の愛するルカ」
頬にキスをして、耳元でそう囁くとルカの顔は一瞬で真っ赤になってしまった。
純情なのはどっちなんだか。
「……アレックスのばか」
「ルカ馬鹿なので問題ない」
「んにゃー!!開き直るなんて卑怯だよぉー!」
再び抱きかかえ、俺たちは医務室ではないところへ向かう。
あの禁書庫でも良かったのだが、どうせなら王城近くの小さな礼拝堂の方がいい。
手紙に付いていた青のリボンを持って、二人は静かに消えていった。
その日以降、騎士団長の表情はとても柔らかくなり、表情豊かになったのだとかないのだとか。
真実は不明だが、左手の薬指にはルカと同じ銀のリングが付いていたとのことだ。
(終)
なんか最後にさらっと国王放置しちゃってますけど、わりと日常なので後で国王は一人で自室に戻ります。ご安心ください。最後に、二人のプロフィールを置いておきますね。
騎士団長の方は出てきましたが「アレックス・ブラント・フレイヤ」と言います。身長は185㎝あります。でけぇ。ショタ魔術師は「ルカ・ブライト」という名前なんですが、後に結婚して「ルカ・フレイヤ」に変わります。身長は大きくなっても165㎝です。
さらに追加情報を言いますと、この二人の子どもが出てくる話があるんですがそれはまた別の機会に。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。