ドッキリなら早く終わって欲しい
いつもの朝。
教室はしんと静かで、生徒はまだ誰もいない。
それもそうだ。
(早く来すぎたか……)
時刻は7時32分。早すぎだ。
早朝6時には目が覚めてしまったのだから仕方がない。
このままただ時間を浪費するのももったいないので、テスト勉強をする事にした。
教科は数学。
周りが煩いと集中出来ないので、今のうちに少しでも復習する。
………………………。
………………。
………。
―――ざわざわ。
「ん……?」
ふと顔を上げると、他の生徒が何人か既に来ていた。
(人が来ているのに気づかなかったとか、どんだけマヌケなんだよオレは……)
「やっと集中が切れたな、お前……」
「お? ……おぉう」
後ろからヒロアキが声をかけてきた。
「集中モードに入ると何も気づかなくなる癖、早く何とかした方が良いぜ。社会人になって、仕事先で上司の声が耳に入らない…なんて、シャレにならねぇぞ」
「そうだな……、だから職場に喩えるのを止めてくれ。お前のそういう話はリアリティがあり過ぎて、何か怖い」
ヒロアキの父親は玩具メーカーの社長だ。
その縁で、コイツは時折その会社に顔を出しているらしく、社会人が経験するであろう色々な話を聞いてはオレに話してくる。
そのせいで、オレはまだ学生でありながら、社会人の世知辛い裏話を色々と知ってしまった。
おかげで、将来の就職先にあまり希望を見れなくなってしまったのだ。
現実を教えてくれた感謝はあるが、同時に少しばかりの恨みもある。
いずれまとめて返してやるとしよう。
「んで、勉強はどうよ。捗ってるか?」
「ん、まぁぼちぼちだな」
「そうかいそうかい」
ヒロアキは英単語帳を見ながら、つまらなそうに返事を返してきた。
聞いてきたのはそっちだろうに……。
「……お前、少し変わったな」
「ん? 何だよ、藪から棒に」
「ちょっと前まで、そんな英単語帳を持ち歩くような奴じゃ無かっただろ」
「あ? ケンカ売ってんのか?」
どうしてそうなる……。
「テストが近いだろうが。これで良い点取れないと、いつゲームが出来るか分かったもんじゃねぇ。ここだけは絶対に落とせねぇんだよ!」
「お、おぅ……」
目を血走らせながら必死に力説されると、オレとしてはもう何も言えない。
これ以上は触れない事にした。
「……はぁ。相変わらず元気よね、アンタたち」
「げっ」
高山さんが話しかけてきた。その後ろには、姫川さんがやや隠れるようにぴったりとくっついていた。
……姫川さんの方が背が高いから、あまり隠れられていないのだが。
「何よ、その反応?」
「いや……。……珍しいよな、そっちから話しかけて来るなんて」
「そう? こないだも話しかけてあげたでしょ?」
こないだとは、バレンタインデーの事だ。
あれは、今年一番の珍事件だったな。
「えーっと、何用かな?」
とりあえず、用件を聞いてみる。
ヒロアキはやや萎縮していて、借りた猫状態になっているので今は無視だ。
「テストっていう単語が聞こえたから、ちょっとね。そこで提案があるんだけど……」
「提案?」
「そ」
何やら嫌な予感がするのだけど……。
「あたしたちと一緒に勉強しない?」
「えっ」
まさかの勉強会のお誘いだった。
「な、何故……」
「だって進道君、去年の試験順位高かったじゃない。だから勉強教えて欲しいの。……この子にね」
「ふぇっ?」
いきなり振られ、前に引きずり出されて慌てる姫川さん。
可哀想に……。
「な、ななな何で……?!」
「進道君の2学期の期末試験はまさかの5位。あたしは6位でミズキは52位。ほらね、あたしたちが進道君に勉強を教わろうとするのは普通でしょ?」
「そ、それは……」
まぁ、言いたい事は分かるけども。
「それなら、試験1位の水橋さんと2位の日野君に聞けば良いんじゃないの?」
学年のツートップが同じクラスにいるんだから、そっちに聞けば良い。
そう思っての提案だったのだが……。
「……あれを見て」
「?」
高山さんの指差す方を見てみると。
窓際の席にいる水橋さんは、既に数人の女子たちに囲まれていた。
後方の席に座っている日野君も、これまた同様に男女関係なく囲まれていた。
人気だなー、2人とも……。
「あの中に、後から割り込めると思う? この子が」
「…………無理、かな」
隣では姫川さんが必死に頭をぶんぶんと振っていた。相当に嫌らしい。
人見知りみたいだし、あの人混みの中に入ったら、気絶するんじゃなかろうか……。
「という訳で、頼めないかしら?」
「……分かった。けど、条件がある」
「条件?」
「勉強会には、コイツも参加する」
「うぇ?!」
ずっと蚊帳の外だったところにいきなり指名されたヒロアキが、横ですっとんきょうな声を上げた。
「コイツ、次のテストで良い点を取らないといけないんだ」
「ふーん。別に良いけど」
良かった……。
「それじゃ、左川君にはあたしが教えてあげるわ。だから進道君は、ミズキをよろしくね」
「?!!?!」
「ああ……。って、え?」
「あたしと進道君は順位そんなに変わんないでしょ? なら、こうして振り分けた方が良いじゃない」
「いや、その……」
だったら高山さんが姫川さんに教えればいいんじゃ……。
「何考えてるのか丸わかりだけど、今はそういうのは言いっこなし。……いつか教えてあげるわよ」
と、最後は小声でこっそりと言ってきた。
どうやら、それなりの事情というものがあるらしい。
なので。
「分かった」
オレは深く考えるのを止めた。
「それじゃ、食後の昼休みと放課後にしましょう。じゃ、また後でね」
「了解」
話がまとまり、二人はそれぞれ自分の席へと向かっていった。
「……という訳だから、よろしくな」
「……あ、あぁ……」
こうして。
今日限りの、男女4人での勉強会が決定した。




