バレンタインデー 学校にて
朝。
いつものように登校すると、何やら雰囲気が違う事に気がついた。
いつもの賑やかさや穏やかな空気感ではない。
どちらかといえば、これから大きな戦いが起こりそうな、これから戦場にでも行くかのような物々しい雰囲気……。
それを醸し出しているのは、主に男子たちだった。
よく見れば、幾人かは目が血走っているやつもいる。寝不足なのか、目の下にクマが出来ているやつもちらほら。
お前ら、今日がバレンタインデーだからって、そんなにチョコが欲しいのかよ……。
ぶっちゃけ引くぞ。
「よぉ、アカリぃ……」
「おう。……おぅ……」
振り向くと、目をギンギンに見開かせてふらふらな状態のヒロアキがそこにいた。
どうしてそうなっているのか。
理由はだいたい分かっているが、とりあえず聞いてみる事にする。
「お前、どうしたんだよ? そんなにふらふらになって……」
「知ってんだろ? 今日が何の日か……」
「……」
「バレンタイン……。チョコが貰えるかもしれないと考えるだけで、昨夜は眠れなかったんだよ……」
「……」
予想通り、どうしようもない理由だった。
「あっそ」
「アカリ……。そんなスカした態度しやがって……、お前だってチョコ欲しいんだろ!? なぁ!?」
「もう貰ったよ」
「は……?」
オレの返答に、ヒロアキはガタガタと歯を震わせた。
「だ、だだだ、誰から……?」
「母さんと妹から」
そう。
朝起きてリビングに降りると、母からバレンタインチョコを貰ったのだ。
毎年恒例の行事なので、今さら思う事など特にない。
ただただありがとう、それだけだ。
ちなみに、妹のカガリからは『コレ食って死ね!』という一言とともに、スパーンと市販の板チョコを投げつけられた。
食べ物を投げつける行為には一言物申したい事はあるが、なんだかんだでチョコをくれる辺り、それなりに意識はしてくれてるのだなと少し嬉しかったりする。
「くそっ、妹からのバレンタインチョコとか羨ましいぞコンチクショウ!」
「いやいや、そっちだって美人なお姉ちゃんがいるじゃないか。アユさんから貰えなかったのか?」
「貰った……」
「じゃあ良かったじゃないか」
「良くない」
「は?」
分からん……。
何が不満なんだ、コイツは……。
「姉から貰う義理チョコと、学校で女子から貰うチョコとじゃあ、その価値には雲泥の差があるんだよ!」
「アホくさ」
「?!!!」
これ以上は付き合いきれないオレは、さっさと自分の席についた。
そして今日の授業のスケジュールを確認していると、思わぬ来訪者が現れた。
「おはよう、進道君」
「高山さん……?」
それほど親しくもない顔見知り程度のクラスメイトである高山柚梨が声をかけてきた。
いったい何用なのか……。
「ちょっと話があるの、付き合ってくれないかしら?」
「えっ……」
普段のキツい態度からは想像もつかない程の猫なで声で、高山さんはそう言った。
普段の高山さんを知っているだけに、正直ちょっと気味が悪い。
「え、っと……」
「ふふ……」
「うっ!」
どうしようか決めあぐねていると、不意に両肩をがっちりと掴まれた。
そして、高山さんはそっとオレの右耳に顔を近づけてきて……。
「ぐだぐだ迷ってんじゃないわよ。このあたしが声を掛けてあげてるんだからアンタは黙ってついてくれば良いの、分かった?」
「?!!?!」
「ふふっ」
高山さんは心を深くえぐれそうなまるで呪文のような文言をぶつぶつと囁き、そしてすっとオレから離れ、天使のように可愛らしい笑顔をにこりと浮かべた。
「進道君? ちょっと付き合ってくれるかしら?」
「行きます……」
断ったら殺されそうなので、即答した。
「ありがとう。それじゃあ、ついてきて?」
「はい……」
オレは命じられるままに、高山さんの後をそっとついて行った。
「裏切り者めぇ……っ!」
後ろから変な戯れ言が聞こえたような気がしたが、当然のごとく無視した。
◆◆◆
「さ、着いたわよ」
「……」
連れて来られた場所は、屋上へと続く扉の前。
そこでオレは、高山さんと向き合っていた。
「それで、用件は……?」
「そうね。時間も無い事だし、さっさと終わらせましょう」
そう言って、指をポキポキと鳴らす高山さん。
オレ、ここで消されたりしないよな……?
まだやり残した事がいっぱいあるのに……。
「はいこれ」
「…………え?」
「あげる。さっさと受け取りなさいな」
そう言って目の前に差し出されたのは、赤いリボンが巻かれた黒い小さな箱。
これは、まさか……。
「今日はバレンタインデーでしょ? 義理だけど、とりあえずあげるわ。さっさと受け取りなさい」
「あ、ありがとう……?」
義理とはいえ、あの高山さんからのバレンタインチョコ……。
何とも言えない複雑な心境になりながらも、そっと箱を受け取った。
「言っておくけど、これで終わりじゃないからね?」
「え?」
まだ何かあるのか……?
「あたしはただの前座。本命は、あっち」
高山さんはくいっと階段の下を指差した。
その指の先には……。
「……」
「姫川、さん……?」
いつの間に来ていたのか、姫川瑞騎が立っていた。
「……ぅ……」
姫川さんは何やらモジモジとしつつも、ゆっくり、一歩づつ階段を上がって来た。
互いに向き合う、姫川さんとオレ。
そして流れる、沈黙の時間。
そう言えばこの人、会話が苦手な人だったな……。
この状況下でこの後の展開はおおよそ読めてはいるので、まずはこちらから動き出す事にした。
「姫川さん」
「!」
「その……、用件は何、かな?」
「あ、えっと、その……、え……っと……」
言葉が詰まり、視線は俯き、足先をモジモジと動かしている。
両手を後ろに回している辺り、何かを持っているのは明白。
用件は、きっとそれだろう。
とはいえ、彼女の方から切り出してくれないと話が終わらないのだが……。
「……ッ。し、進道……!」
「はい」
「……っ! こ、これ……っ!」
意を決した姫川さんは、勢いよく手にしているものを差し出してきた。
姫川さんが手にしていたものは、白い長方形の箱。
金色のリボンでラッピングされ、どことなく高級感を漂わせていて、とても綺麗だ。
「これは……」
「その、は、初めて自分で作った、バレンタインチョコだ。…貰って、くれないか……?」
「…うん。いただくよ」
内気な性格らしい姫川さんが、勇気を出して渡しに来てくれたのだ。
その気持ちを無下には出来ない。
オレは、そっと大事に受け取った。
「ありがとう、姫川さん」
「あ…、えっと……。…うん」
「やっと渡せたわね、ミズキ」
ずっと傍で黙って見届けていた高山さんが、ここでようやく口を開いた。
「で、どうだったの? 進道君?」
「え?」
「こーんな美少女2人からチョコを貰って、嬉しかった? まさか、嫌だった訳じゃ無いでしょうね……?」
「まさか」
嫌なはずは無い。
「高校生になって初めて迎えたバレンタインで、人生で初めて女子から貰ったチョコレートなんだ。…嬉しいに決まってるじゃないか」
「「……」」
「ありがとう、姫川さん、高山さん。とっても嬉しいよ」
オレは素直な気持ちを正直に答えた。
こんな事を、しかも女子相手に正面切って言うのは初めてで、なんだか妙に照れくさい。
が、後悔はしていない。
素直な感想を伝えなければ、失礼にあたる。そう思った。
「……〜〜〜っ!」
「…そう。せいぜい、あたしの気まぐれに感謝する事ね」
強気なセリフを告げる高山さん。
「もちろん。お返しはホワイトデーの時にするよ」
「要らない」
「要らない?!」
「そんなの、別に欲しくてあげた訳じゃないし。お返しならミズキにだけあげなさい」
「……」
オレ、高山さんの事ちょっと誤解してたかもしれない。
そして決めた。
何がなんでも、高山さんにもホワイトデーの贈り物を渡してやる。
「って、もう時間じゃない。さっさと戻るわよ」
「う、うん……!」
「じゃあね、進道君。あたしたちのチョコ、大事に味わって食べなさいよ」
高山さんはそう言い残し、姫川さんと一緒にパタパタと階段を降りていった。
「…戻るったって、教室一緒なんだけどな……」
オレは2つの箱を落とさないよう大事に抱えながら、ゆっくりと階段を降りていった。
◆◆◆
その後。
「…あーっ! アカリてめぇとうとうやりやがったなぁ!!!」
「やらんぞ」
オレが手にしていたチョコの包みを見たヒロアキから一日中嫉妬と怨嗟の念を撒き散らされたが、鋼のメンタルとスーパースルー術で乗り切った。
相変わらずの不定期更新ですみません。
今後もこんな調子で続きます。




