とんでもない虫と出会ってしまった
〈2023.1.13、追記〉
一部修正。
「寒い」
クリスマス明けの26日。
オレはあまりの寒さに目が覚めた。
吐く息は白く見え、長袖を2枚も着込んでいるのにまだ寒い。
でも、全裸になってもなお暑い夏よりは幾分マシだ。着込めば良いのだから。
「ふあぁ……、寒い……」
あくびをしつつも布団から出て、外着に着替えて外に出る。
オレは毎朝、30分ほどのウォーキングを毎日欠かさず行っているが、これにはちゃんとした理由がある。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
「元気だなぁ、お前は……」
愛犬・フリントのお散歩である。
フリントは大の散歩好きで、リードを見せるだけでしっぽを勢いよくブンブンと振り回し、時には大ジャンプをするほどにはしゃぎ回る。
こいつの体力は無限じゃ無かろうか……。
「よぉ、アカリ!」
「ん? ヒロアキか」
リュックを背負ったヒロアキと、コンビニ前で出くわした。
「もしかして、今から塾か?」
「そうそう。冬休み中は朝からあるんだよ。かったるいったらないぜ……」
ヒロアキは成績がいまいち振るわない為、親から塾に通うよう言いつけられている。
ゲームに関しては記憶力が良いのだから、それを勉強にも応用すれば成績も上がるだろうに……。
「そういうアカリは、フリントの散歩か。いっつも元気だよなー、お前は」
「クゥウン」
ヒロアキに頭を撫でられ、フリントは気持ちよさそうな声を出した。この浮気者め……。
「そういやお前、ゲーム始めたんだろ? どうだった?」
「やってるよ。結構面白いなアレ」
「だろ? いやぁ、楽しんでるようで何よりだぜ!」
「殴れば倒せるからな。ゲーム下手なオレでも、とりあえず何とかなってるよ」
「……どんなプレイをしてるのか気になるが、今は聞かないでおいてやる。とりあえず、正月にまた会おうぜ」
「おぅけぃ。いつもの神社でだな」
毎年恒例の初詣でに訪れる水無月神社での再会を約束し、ヒロアキと別れた。
「クゥン♪」
「こいつ……」
フリントは、いつの間にか貰っていたジャーキーを美味そうに食っていた。
「ったく、餌付けされてんじゃねーよ……」
「クゥ、ウゥン♪」
◆◆◆
散歩と称したウォーキングから帰宅したオレは、朝食を食べた後、ユートピアにログインした。
ゲームの中でも雪が降っている事に昨日は特に何とも思わなかったが、そうか。
季節は現実世界と同期しているのか。凝ってるなぁ……。
「とりあえず、今日は違う森に行くか……」
資金も稼ぎたいけど、まだレベルも攻撃力も足りてない。
今はまだ、レベル上げに専念すべきところだ。
「でぇぇぇいやっ!」
「ギュウッ!」
いつものようにゴブリンをタコ殴りにして撃破した。
SPは今のところVITに全振りしているので、攻撃力は相変わらず足りていない。
『ナックルスキル〈振動拳〉を習得しました』
「……うん?」
経験値を取得したところで、新しい通知が入った。
振動拳:自身に〈通常攻撃が3ヒットする状態〉を付与する。持続時間は30秒。クールタイムは45秒。MP消費10。ナックル系武器専用スキル。
「これは強い……!」
つまり、一度に3発分のダメージを与えられるという事か。これは嬉しい効果だ。
単純に手数が増加するという事なので、必然、タコ殴りにする時間が短縮出来る。
これでレベル上げが少しは楽になるか……。
「よしよし。さっそく次に……」
「ギャオオオオンッ!」
「……!?」
空から叫び声が聞こえてきた。
見上げてみると……。
「ガアアアアアッ!」
「!?!?!?」
赤い外殻に、太い6本脚、4対の翅……。
そして、頭部から伸びる2本の大きなハサミ。
ソイツは、巨大なクワガタ虫だった!
「気持ち悪っ!」
「シャアアアアッ!」
「え……、うわわわわーーーっ!」
巨大なクワガタは急滑降してきて巨大なハサミでオレの腰を挟み、そのまま空中に急速上昇していった。
クワガタのハサミがオレの胴体をギリギリと締め付ける。
このままじゃマズい…………、……?
「……あれ?」
よく見てみると、ハサミの内側のトゲはオレの胴体に弾かれていて、突き刺さる気配は無かった。
ダメージも1しか効いてないし、両手は自由。
となれば、やる事はひとつだ。
「振動拳! おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああああっ!」
「ギャッ、ギャ、ギャアアアアッ!」
オレは振動拳を発動。ヒット数を3倍にした状態で、クワガタの頭をひたすらに殴った。
「おりゃ、おりゃ、おりゃりゃりゃりゃりゃーーーっ!」
「ギャッ! ガッ……、ギ、ギャアアアアッ!」
相変わらずオレの攻撃も1ダメージしか通っていないが、それはお互い様。
振動拳を発動しては殴り、効果が切れたら再発動、そして再び殴ってを繰り返した。
もう何発殴ったか分からないくらいクワガタを殴り続け……。
「ギャアアア…………!」
大量のHPを削り切り、やっとの思いで巨大クワガタを撃破した。
「やった……! ……あ?」
そこは、何メートルあるかも分からない遥か上空、いつの間にやら雲の上。
クワガタが消滅すれば、後の結果は目に見えていた。
「うおああああああああああああ…………!」
空を飛べないオレは、荒野の大地に隕石のごとく落下した。
「いててて……。って、そういや痛覚無いんだった」
痛覚は無いのに『痛い』と言ってしまうのは本能的なものなのだろうか……。
オレは無自覚反射の恐ろしさを痛感した。
「お、レベルが3も上がった」
あのクワガタはそこそこ良い経験値を持っていたようで、とうとうレベルが10になった。
それと同時に、目の前に巨大クワガタのドロップ品らしき宝箱が出現した。
箱を開けると……。
『取得条件を達成。ナックル系初期装備武器〈ガントレット〉が〈スタッグビートルアームズ〉へと進化しました』
「進化?!」
初めての事態に、オレは困惑した。
このゲームの武器って、進化するのか……。
巨大な虫に襲われたら、ワタシなら泣いて逃げます(笑)