鉄の籠
「へぇ、良い名前じゃない」
お互いに忘れていたフレンド登録をし終えたオレたちは、店に戻ってゆっくりしていたユリネさんにギルドの事を説明した。
「花天月地、素敵な言葉よね。花が綺麗に咲き乱れ、月が明るく照らすだなんて……。まさに私たちにピッタリな名前よね」
「お気に召したようで何よりです……」
ユリネさんも気に入ってくれたようで、オレは心の底から安堵していた。
これで気に入られなかったら、また長い議論が必要になるところだった……。
「それでリーダーさん、次のメンバーはどうするのかしら?」
「ん? リーダーって?」
「フリント君に決まってるでしょう? このギルドを立ち上げたんだもの」
「「……(こくこく)」」
ですよねー。
サクラちゃんとスミレちゃんも「そうだそうだ」と言わんばかりにこくこくと頷いている。
やるだけやってみるか。
それと、新メンバーかぁ……。
ヒロアキはすでに大規模ギルドに所属しているって言ってたし、アイツは除外だな。
となると……、……アレ?
「……他に知ってる人がいない……」
「あらら……」
フレンド欄から確認してみると、あのびよんどさんもまた別のギルドに入っているみたいだし、勧誘には応じたりしないだろう。
「っていうか、オレは積極的にメンバーを増やすつもりは無いよ?」
人がたくさんいてもやりにくいだけだし、いちいち指示出したり管理するのも面倒くさい。
見知ったメンバーだけで十分お腹いっぱいだ。
「そうですね……」
「わたしも、知らない人が入ってくるのは、ちょっと……」
2人も新メンバー勧誘には消極的なようだし、しばらくは現状維持で良いだろう。
「そうね。それじゃ、しばらくはこの4人でやっていきましょ。これからの事はおいおいという事で……」
「さんせーい」
「「はい」」
という訳で、しばらくはこのメンバーでやっていく事に決まった。
その後は今日のところは自由行動という事で、各々やりたい事の為にそれぞれ別行動をする事に決まった。
レベル上げもそこそこに、オレは皆より一足先にログアウトした。
ギアを傍に置き、リビングへと降りて行くと、そこには母さんしかいなかった。
その母さんは、ゆっくりとお茶を飲みながらテレビを観ていた。
「ん? 母さんだけ?」
「うん。お父さんは明日早いからって言って、早めに寝たわ」
そうか、父さんは明日も早いのか。このところ毎日忙しそうだな、正月明けなのに……。
「カガリは?」
「さっきからずっと部屋に篭っているわよ」
「え、ずっと?」
「うん、ずっと」
現在の時刻は22時。
オレが部屋に戻ってゲームを始めたのが19時半だから、2時間半か……。
そういえば、もう受験シーズンだったか。
カガリは現在3年生、来月には高校受験が控えているから、勉強でもしているのだろう。
邪魔しちゃ悪いか……。
と言っても、オレ自身はアイツに用は無いし、あっちもオレの事を嫌っているようだから、オレが様子を見に訪問しても迷惑がるだけだろう。
現状、放っておくしか手は無い。
オレは冷蔵庫からジュースを取り出してコップに1杯注いで飲み干し、自室に戻ってベッドに潜り込んだ。
そして、明日の予定を考えながら眠りに就いた。
◇◇◇
―――アカリが就寝してからしばらくした頃。
妹のカガリが部屋から出て、リビングへと降りてきた。
「あら、まだ起きてたの?」
「うん。ちょっと喉が渇いたから」
カガリは自分のコップを取り出し、お茶を注いでゆっくりと飲んだ。
「アカリがアンタの事気にしてたよ」
「ふぅん……」
「はぁ……。アンタたち、いつから仲悪くなったの?」
「知らない」
淡々と答えるカガリ。
だが、カガリは知っていた。
というよりも、ある事情から兄のアカリの事を意図的に避けていた。
それを知っているのは、当の本人のみ。両親にすら話していない。
カガリは、自分の事は誰にも言わず、内に抱え込むタイプであった。
「事情は聞かないけど、ちゃんと仲直りしなさいよ」
「……」
母の忠告を無視するかのように黙ったまま、カガリは部屋へと戻っていった。
「やれやれ、素直じゃないんだから……。誰に似たのかしらね……?」
母はそう呟きながらお茶を啜った。
「…………」
部屋に戻ったカガリはベッドに向かい、そのままボスっと倒れ込んだ。
しばらくじっと俯き、やがてゴロリと仰向けになりながら、先程母が言った一言を反芻した。
「……分かってるっての……」
心の内に抱え込んだ思いが、口を内からつついて僅かにこぼれた。
「……でも、どうしたらいいのか分かんないんだもん。……仕方ないじゃん…………」
カガリは枕に顔を埋めながら、悶々とした夜を過ごした。
やっと寝付いた時には、時計の短針は4時を指し示していた。




