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オレンジの街灯

作者: 水底

 近所に一つだけオレンジ色の街灯がある。それは住宅街のあまりひとけのない道の脇に立っている。その道沿いには他にも街灯が等間隔に並んでいるが、他の街灯はすべて普通の白色の街灯で、オレンジ色はその街灯一本のみだった。その街灯のある道は、最寄駅から私のすむアパートへの近道だったので、私はその道を昼夜問わずほぼ毎日通っていた。一本だけ色が違うことは、引っ越してきたころは少し不思議に思っていたが、まあそういうものなんだろうな、と考えてそのうちそんなに気にしなくなっていた。

 その道を通るようになって一年ほどたったころ、仲良くなった近所のおばちゃんと世間話をしていて、ふとその街灯のことを思い出した。おばちゃんは私より長くその町に住んでいる人だったから、何とはなしに、その人に「そういえば、あそこの道に一本だけオレンジ色の街灯があるじゃないですか。あれって、何か理由とかあるんですか?」とたずねてみた。おばちゃんは、「ああ、〇〇さん家の前の道でしょ?…さあねえ。私がここらに越してくる前からアレはずっとあの色だったみたいだけど、理由とかは知らないわねぇ」と笑って答えた。世間話の一環として口に出しただけで、そこまで気になってもいなかったから、私が「ああ、そうなんですね。」と引き下がろうとしたとき、おばちゃんは「でも、」と付け加えた。彼女は「あそこ、幽霊が出るって噂なのよ」と笑って言った。曰く、夜になるとあのオレンジ色の街灯の下に、女が立っているのを見た人がいるんだそうだ。その女は長い黒髪の女で、薄汚い灰色のワンピースを着ているらしい。しかし、その道で事故や事件があったということは聞かないという。おばちゃんは、下世話な笑顔で「話を聞いた時、私はてっきり近所に頭のおかしい方がいるのかと思ったんだけど。でもね、その女、ずぅっと昔からいるのに、見た目は全然かわらないんだって。」と話した。

 おばちゃんの言うことを、私はそんなに信じていなかった。だって私はその1年で何度も何度もその道を通っていたのにもかかわらず、一度もその女を見たことがなかったから。1本だけオレンジ色の街灯を不思議に思った人たちが様々な憶測し、それに尾ひれがついた結果がその怪談話なんだろうなと解釈し、私はそれからもその道を、その街灯のそばを通っていた。

 そこからまた半年ほどたったころ、夜、私はまたその道を歩いていた。その日、私はおろしたての赤色のスニーカーを履いていた。その靴は私がずっとほしかった靴で、その日私はうれしくてうれしくて、夜になっても何度も自分の足を見てはにやける顔を抑えながら歩いていた。オレンジ色の街灯を通りかかった時、私はまた靴を見下ろして、気が付いた。強いオレンジ色の光の下では、普段見えている色とは見え方が違う。私の赤いスニーカーは、オレンジの中では色を失い、灰色に見えていた。私は、こういう風に見えるんだなあと感心した後、おもむろにおばちゃんの話を思い出した。この街灯の下には、『薄汚い灰色のワンピースを着た女』がでる。それは、本当に『灰色』なんだろうか。私は思わず立ち止まり、自分の靴を見つめた。

 (いや、ばかばかしい。そもそも自分はあの話を信じていなかったはずだ。)

 私が顔をあげようとしたとき、

「ふふっ」

 私の体の右側、丁度街灯が立っているあたりから、女性の笑い声が聞こえた。その笑い声は、抑えようとした笑い声が漏れてしまったといった風な、鼻にかかった嫌な感じの笑い声だった。突然のことに顔をあげられないでいる私の、うつむいた視界の右端に何かがうつる。それはおそらく女性の裸足だった。さっきまで、そこに人はいなかった。気づかれないうちに近寄ってきた?何のために?気が付けば私は顔を伏せたまま、走り出していた。

 私はそれ以降、あの道を通っていない。少し遠回りになっても、必ず別の道を使うようにしている。あの時、私は気が付いてはいけないことに、気が付いてしまったのかもしれない。一本だけオレンジ色の街灯の下に女が出るのではなく、あの女が出るから街灯がオレンジ色なのだろう。女の服が本当は何色なのかを、何に染まっているのかを隠すために。街灯を変えるなんて、一市民の力ではできないことだ。つまり、町の自治体か、もしくは市の行政か、公の組織があの女への対策をしているということだ。もしかしたら、ずっと昔に、あの女が出ることで何か騒ぎがあったのかもしれない。自治体やら行政やらが、解決しようとしてもできなくて、仕方なく服の色だけをごまかして放置しているのかもしれない。

 あの女の笑い声は、私が女の服の色に気が付いたことを喜んでいるように感じられた。次あの街灯の下で女を見てしまって、その服の色を『赤色だ』と認識してしまったらと思うと、それが何かとてもよくないことであるように感じてしまう。

 全部、私の憶測にすぎない。それでも、私は二度とあの道を通らない。

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