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婚礼の儀

 婚礼の儀は、ラセルの想像以上に華やかだった。壁に掲げられた松明の明かりが、暗い聖堂を優しい色に変えている。集まった貴族たちの数も半端ではない。改めて、家柄ということを思い知らされる。

 ラセルは「不肖の息子」である。それはここに集まった全員が知っているのだ。が、だからといって彼を邪険には出来ないこともわかっていた。それほど、ラセルの一族は根強い権力者としての力を誇っているからだ。


「では、これよりラセル、サーシャの婚儀を執り行う」

 厳かに式が始まる。大きな扉が放たれ、きらびやかな衣装に身を包んだサーシャが現れる。参列した者たちから「ほぅ」という溜息が漏れた。

「ラセル様、」

「サーシャ、とても綺麗だね」

 ラセルは笑顔でサーシャに手を差し伸べる。

「ここに二人の結ばれた証を!」

 杯に注がれた深紅の液体。それを交互に飲み干し、誓いを立てるのだ。

 まずはサーシャが飲む。そして杯をラセルへ渡した。のだが……、


 パァァァァァッ


「うわっ」

 閃光!

 参列者たちが悲鳴をあげる。サーシャもまた、そのまぶしい光に目を細めた。セルマージが前へ出る。いつでも二人の元へ飛び込めるようにだ。

 静かに、光が止む。

 そこにいる者たちは皆、驚きと戸惑いを隠せなかった。ラセルの額に、金色の文字が浮かび上がっていたのである。それは魔物のものではない。そして、誰かが叫んだ。

「お前は……お前は愚かにも、精霊と結ばれているのかっ!」

 ザワリ、その場にいた全員が騒ぎ出す。ラセルは額を抑え、自分の身に何が起きているのかを冷静に考えてみた。額に現れた文字は、ラセルには何のことかわからない。だが、そこに何かの力が働いているということはわかる。感じるのだ。

「ドージャス、お前はあれが精霊文字だと申すか?」

 ヴァールが落ち着いた口調で問い質す。呼ばれた男は、列の前へと歩み出ると、うやうやしく膝を折り、告げた。

「恐れながら申し上げます。あれは間違いなく精霊文字。そしてあれが意味するのは、この者は契約中であるから他の者とは交じわえぬ、という警告」

 ザワリ、

「……そ…んな……」

 サーシャが後ずさる。

「嘘だろ、」

 ラセルも顔面蒼白である。

「精霊は伴侶との繋がりが尤も強い種。額の文字は、その証に他なりません!」

「……婚礼の儀は一時中断とする!」

 ヴァールが厳しい顔で声をあげた。

「信疑については、早急に答えを出し、事と次第によっては処分も考究する。セルマージ! ラセルを捕らえよ!」

 呆然とヴァールの言葉を聞いていたセルマージがハッと顔を上げた。一瞬の躊躇の後、ラセルへと歩み寄る。

「ラセル様、」

「セルマージ、俺は……」

「話は後でいくらでも聞きます。今はヴァール様に従ってください」

 セルマージとて信じたくなどない。ラセルが精霊と誓いを立てているなど。だが、額に書かれた文字は未だ消えてはいない。それがなんであるか、セルマージ自身も知りたかった。それに、このままでは混乱が大きくなってしまう。ラセルとサーシャを一刻も早くここから連れ出す必要があった。

「わかった」

 ラセルが頷く。チラ、とサーシャを見ると、彼女は顔を歪めたままラセルを見上げていた。

「サーシャ様も、さぁ」

 グイッ、とサーシャの腕を掴み、足元のふらつくサーシャを抱き上げた。ラセルが一瞬セルマージの顔を睨む。そして、クスッ、と小さく笑った。

 ラセルたちは聖堂を後にし、ヴァールの後を追って彼の私室……南の塔へと向かった。

「セルマージ、俺は一人で行く。サーシャを頼む」

「しかし、」

「いいから、彼女を休ませてくれ」

 サーシャはラセルの言葉が耳に入っているのか、セルマージの腕の中でぐったりとしていた。

「……わかりました」

「頼む」

 もう一度、強い口調で告げると回廊を抜けヴァールの待つ部屋へと足を向けた。大きな扉を開くと家臣たちを含む十数名が一斉にこちらに視線を注ぐ。

「入れ」

 ヴァールが短く、告げた。ラセルは大きく呼吸を整えると部屋に入った。

「……消えたようだな」

「あっ、」

 慌てて額に手をやる。確かに、さっきまで感じていた力は、今はなくなっている。

「どういうことなのか説明してもらうぞ、ラセル。お前は地上に出てから十五年もの間、一体何をしていたのだ?」

「……それは、」

 口を噤む。アーリシアンのことを、どう説明すればいい? 黙っていれば済むことなのだと思っていたのだ。まさかアーリシアンとの契約がこれほどまでに強いとは思ってもいなかったのだ。大体、アーリシアンとはキスをしただけで、特別なことは何もしていない。きちんと契りを交わしたわけでも何でもない。どうしてこんなことになっているのか、こっちが知りたいほどだ。

「説明……と言われましても」

「精霊と契約を交わしたのか?」

「確かに、思い当たる精霊は一人います」

 ザワッ、と場が揺れる。ヴァールは頭を抱えた。当たり前だ。魔物でありながら、よりによって精霊と接触していたなどと、それだけで考え物なのだから。

「しかし、私は彼女と特別な関係ではありません。本当です!」

「ではどうして額に文字が?」

 厳しい口調で家臣の一人が尋ねた。

「……それは」

 黙り込む。はっきりいって精霊の契りについてなど何の知識もない。どうやったら額の文字を完全に消し去ることが出来るのか、わからないのだ。

「その精霊とはどうやって接触したのだ?」

 また、別の者。

「偶然です」

 その答えは確かに間違いではない。だが、彼らが聞きたいのはそんなことではないということも充分承知していた。

「……ラセル、お前には今まで、自由を与え過ぎたようだ」

「父上、」

「サーシャになんと説明する? お前を信じ、待ち続けたあの娘に、私はなんと謝罪すればよい? これはお前だけの問題ではない。わが一族全ての者の問題だ!」

「……申しわけありません」

 コンコン、と扉を叩く音。そして聖堂で発言していたあの男……ドージャスが中に入ってきた。

「ドージャス、あの額の文字について知り得ること全てを答えよ」

 ヴァールが命ずる。

「はっ。あの文字は精霊文字に間違いありません。精霊と契りを結んだものが、他の誰かと契りを重複させようとしたときに現れる警告の印。もしあの場で聖杯を口にしていたならば、約束を違えた罰としてラセル様は死んでいたものと思われます」

「なんと、」

「おおっ、」

 辺りが騒然とする。ヴァールがそれを片手で制した。

「して、その印を解くことは可能なのか?」

「はい。伴侶である精霊が命を落とせば契約は無効となります。その場合、第三者の手によって、という条件付きですが」

「死をもって、か。ならばその精霊を殺してしまえばよい。ラセル、そ奴はどこにいる?」

 ラセルは言葉を詰まらせた。

 アーリシアンを殺す?

 そんなことが出来るはずもない。そんなことが出来るくらいなら、十五年もの間育てたりなどしない。最初から見捨てておけばよかったのだ。……今更だが。

「ラセル!」

「……わかりません」

「なんだとっ?」

「彼女の行方はわかりません。だから答えられない」

 キッパリと言い放つ。

 ヴァールは厳しい瞳でラセルを見遣った。ラセルも譲らない。しばらく緊張した時が流れる。と、静寂を突き破るように扉が放たれた。そこに立っていたのはサーシャ。その後ろに心配そうな顔をしてセルマージもいる。

「サーシャ!」

 ラセルが声をあげた。今までの話、全て聞いていたのだろうか? だとしたら彼女は傷付いただろう。これで、破談決定だ。

「……ヴァール様、今の話、全て真でございますか?」

 問われたヴァールは眉間にシワを寄せたまま、首を傾げてみせた。

「我々は精霊の生態についてさほど詳しいわけじゃない。が、ここにいるドージャスは、聞けば学問を生業としている者。書物に嘘が書かれていないのだとすれば、今の話は真ということになろう。サーシャ、そなたには申しわけない限りだ」

「いいえ、ヴァール様。ラセル様は精霊と契りなど結んでいない、とおっしゃってます。きっと何かの間違いです」

 ラセルはこの時初めてサーシャにすまないと思った。婚儀の最中にあんな騒ぎを起こされたというのに、それでも自分を信じ、庇おうとしてくれている。その彼女の想いの強さにはかなわない。

「しかし、サーシャ、」

「いいえ。もし彼の言う通り、精霊との契約が成立しているのだとすれば、ラセル様は呪いを掛けられたのです。その呪いを解くために、私はこれよりラセル様と地上に向かいとうございます」

「なんと!」

「ええっ?」

 ラセルは焦った。破談になることは覚悟していたが、まさかサーシャが地上に行くと言い出すとは、誰も思っていなかったのだ。

「サーシャ、それは一体」

 ヴァールもまた、突然の申し出に驚きを隠せないようだった。

「ドージャス、その精霊の命を絶てば呪いは解かれるのでしょう?」

「あ……はい」

「だったら私がその精霊の命を絶ちましょう。そうすれば、全て解決いたします」

「サーシャ!」

 ラセルがサーシャの肩に手を置き、言った。

「君がそんなことをする必要はないんだっ。これは俺の問題なんだから、」

「ラセル様だけの問題ではありませんわっ」

 キッとラセルを睨み、強い口調で、サーシャ。今まで知らなかった一面でもある。

「私、ただ待っているだけはもう嫌です。それともラセル様は、私との縁談がお嫌で、それで精霊と契約を結んだのですか?」

 目を潤ませ、それでも必死で涙を堪えながらラセルを睨み続けている。ラセルは肩に掛けた手を離した。サーシャは試しているのだ。ラセルの気持ちを。それはラセルにもよくわかった。しかし、どうする? このままではサーシャがアーリシアンの命を絶つ、という図式になってしまうのだ。

「サーシャ、決してそんなことはない。だけど俺は、君の手を汚したくなどないよ。元はと言えば俺が悪いんだ。だから俺が行く」

「だけど、ラセル様!」

「父上。お願いします。三日だけ時間をいただけませんか? 地上で、その精霊と会って話してみたいのです」

「話す? なにをだ?」

「この契約をなかったことにする方法をです。無駄に血を流さなくとも、何か方法があるはず。魔物が精霊を殺めたとあっては、後に問題になるやもしれない。そうでしょう?」

 もともと精霊と魔物は相反する者として対立している。下手に手を出すような真似はしない方がいい。無関係でありさえすれば、もめることもないのだから。

「では私も参ります」

「サーシャ……」

「これだけは譲れませんわ。ヴァール様、お願いします!」

「……うむ。仕方あるまい」

「父上!」

「放っておけばまた何十年も戻らぬかもしれん。が、サーシャが一緒であればその心配もあるまい。セルマージ、お前も一緒に行け」

 名を呼ばれたセルマージは、黙って深く頭を垂れた。

「期限は三日だ。それでいいな? ラセル」

「……はい」

 どうする?

 アーリシアンの元に行ったとしても、解決の糸口が見つかる保証はない。しかし期限内に戻らなければ、地の宮は騒ぎ満つること間違いない。

「では明日より三日。それで戻らぬ場合は強攻手段に出る」

「強攻手段?」

「我が地の宮総力を上げて、地上に住まう精霊たちを皆殺しに」

「おおっ、」

 家臣たちの顔つきが変わった。本来あるべく、魔物のそれへと。

「よいな、ラセル。三日だぞ」

 そう言い放つと、ヴァージは家臣たちを引き連れ部屋へと戻って行った。

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