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09.初めてのアクセサリー

「そうか、甘いものは好きか」

「はい! というか、ここでの食事はどれもとても美味しいです」


 今日も私は休憩の時間にグラン様の執務室を訪れた。


 私が行くと、グラン様はいつも優しい声で私を迎え入れてくれる。

 お仕事の邪魔はしたくないから、「お忙しいときははっきり言ってくださいね」とお伝えしているのだけど、いつも「大丈夫だ」と言ってくれる。


 本当にお優しい方だわ。

 気を遣わせていたら申し訳ないけど、でも私はグラン様とお茶ができてとても嬉しい。


「……特に好きなものがあるなら、聞いておこうかな」

「そうですね……本当にこれまで食べてきたものはどれも美味しかったので……」


 今日は好きな食べ物の話になった。

 こういう、何気ない会話すらも私は楽しい。グラン様のことを知れたような気になっていくのだ。


「そうか。アビーは本当に欲がないな」

「そうでしょうか」


 私は、自分ではちゃんと欲のある人間だと思っている。

 グラン様のことをもっとよく知りたいし、もっと一緒にいたいだなんてことを考えているのだから。


「……そのカップも、いつも使ってくれているね」

「はい! とても気に入っています。私の宝物です」

「そうか……」


 私が毎日使っているティーカップは、先日グラン様にいただいたものだ。


 小さくて可憐なブルーの花が描かれている白いカップ。


 姉からのおさがりや、いらないものを押し付けられたのではない、初めて私のために用意されて、贈られたもの。


 本当に嬉しかった。一生大切に使おうと思う。


「今日は君にこれを用意したんだ」

「……?」


 そう言って、グラン様はテーブルの上に小さな箱を置いた。

 眩しすぎるグラン様の近くにあるもの……たとえば身に着けている服や装飾品も見えないのだけど、グラン様の手から離れるとちゃんと見えるようになる。


「これはなんですか?」

「よかったら君に」


 プレゼントということだろうか。

 でもカップをいただいたばかりなのに……。


 そう思いつつ、何が入っているのだろうかと箱を手に取り、膝の上で開けてみた。


「まぁ……! とっても綺麗……!」


 箱の中身は、とても美しいブルーの宝石でできたブレスレットだった。


 色などをよく見るためにサングラスを少しずらしてブレスレットを見つめた。


 カップをいただいたときに勢いあまって外したら、すかさずマリーにかけ直されてしまったのだ。


「アビーに似合うと思って」

「こんなに素敵なもの、いただいてよろしいのでしょうか……」


 再びサングラスをきちんとかけてから、グラン様に向き合う。


「君にあげたくて用意したんだよ」

「ですが……私は誕生日でもなんでもありませんし……」

「何もない日にプレゼントをしてはいけない決まりはないよ」

「……」


 そうか……確かにそうなのかもしれない。

 けれど私は誕生日でさえ、プレゼントをもらったことがないのだ。


 私の誕生日は毎年、双子の姉であるアビアナの誕生を祝う日だった。

 もちろんプレゼントをもらえるのはアビアナだけで、私はたまにアビアナが「いらない」と言ったものをもらえるだけだった。


 誕生日に父に言われたのは「今年も生きられてよかったな」という心ない言葉。


 アビアナも「その通り」だと言うように笑っていた。


「アビー?」

「あっ……申し訳ありません、ぼんやりしてしまって……。本当に私がいただいてよろしいのですか?」

「ああ、ぜひ君にもらってほしい」

「グラン様……ありがとうございます」


 つい昔のことを思い出して暗い顔をしてしまった。

 私はもうあの家を出たのだ。

 だからもう、そんなことを思い出すのはやめよう。


「つけてあげようか」

「はい! ありがとうございます」


 グラン様の言葉に、私はブレスレットを彼に渡した。


 彼の手も眩しいけれど、光のその先にはちゃんとグラン様の大きくて頼もしい手があるのだ。


 グラン様の手が私の腕に触れる。

 とても眩しい方だけど、サングラス越しなら皆が言うほど辛くはないわ。


 そのまま左腕を差し出してじっとしていると、グラン様がブレスレットを器用につけてくれた。


「できたよ」

「本当に素敵です……」


 アビアナはこんな高級なものをいらないと言ったことはなかった。

 だからこんなに高級なものをもらうのも、こんなに素敵なものをもらうのも初めてだ。


 というか、そもそもアクセサリーすら、私は一つも持っていなかった。


 だからとても嬉しい。ずっと大切にしようと思う。


「とてもよく似合っているよ」

「ありがとうございます!」


 グラン様の表情はわからないけれど、声のトーンで彼が笑ってくれているのがわかる。


「そのブレスレットに合うようなネックレスやイヤリングも用意しよう」

「いいえ! そんな贅沢……私には身に余ることです」


 そう口にして、はっとした。

 そういえば、私に与えられる金品はすべて実家に送るよう言われていたのだった……。もし破れば、私の力をばらされてしまう――。


「アビー? どうかしたのか?」

「いえ……その」


 せっかくいただいたこのブレスレットも、アビアナに送らなければならないのだろうか……。


 グラン様は私にくださったのに……。それを考えたら、涙が出そうになった。


「グラン様、私はそろそろお勉強に戻りますね。グラン様のお気持ち、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」

「……わかった。それでは、また」

「はい。また」


 グラン様に泣き顔をお見せするわけにはいかない。だから精一杯の笑顔を作って、私はグラン様の前から辞した。




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