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08.彼女を知りたい※グランツ視点

 アビーは本当に明るい女性だ。


 僕のような男と結婚することになって、さぞや嫌な思いをしているのだろうと思っていたが、彼女はこんな僕と結婚して幸せだと言った。


 彼女も何か訳ありなのだろうということは薄々感じていたが、これまで実家で酷い扱いを受けてきたのだということが想像できた。


 それなのにアビーはとても前向きだ。

 前向きに、置かれた状況と向き合っている。


 そんな彼女と話していると、僕も元気がもらえる。

 それに彼女は僕のことを見てくれる。

 もちろん見えていないのはわかっているが、怯えないのだ。

 僕のほうに顔を向けて笑ってくれる。

 欲しいものはなんでも与えると言っているのだから僕の機嫌を取る必要などないのに、彼女は時間を見つけては僕に会いに来てくれるようになった。


 それに侍女たちの話によると、彼女は贅沢をしないらしい。

 彼女が要求するのは必要最低限のものだけなのだ。


 こんな王子に嫁いだのだから、代わりに贅沢を望めばいいものを……。


 そう思い、僕からアビーにプレゼントを贈ることにした。

 女性にプレゼントなどしたことのない僕は何を贈ったらいいのかわからず、とりあえず普段使いできるティーカップを贈ってみた。



「――まぁ、グラン様からですか?」

「ああ、大したものではないが、よかったら使ってくれ」

「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」


 僕が選んで用意したカップを彼女とのお茶の時間にプレゼントしたら、アビーはかけていたサングラスを外して直接カップを手に取った。


 その行動に思わず僕は身をのけ反らせたが、アビーの後ろに立っていたマリーがすかさずサングラスをかけ直させた。


「綺麗な色だわ……大切に使います。本当に嬉しいです! ありがとうございます、グラン様!」

「いや……そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」


 僕のほうに顔を向けてとても嬉しそうに笑ったアビーに、ドキリと胸が鳴った。


 ……彼女は、本当に可愛らしい人だ。


 そう思って僕は顔を熱くさせたが、それは誰からも見えていないから、このときばかりは姿が見えていなくてよかったと思った。


 僕はアビーを見ているのが好きだ。

 彼女と過ごす時間はとても心地いい。

 アビーは僕のほうを見ながら話し、頷き、笑ってくれる。


 僕の存在を認めてくれる。


 女性と話していてこんなに胸があたたかくなったのは、初めてだ。


 アビーには「僕を愛する必要はない」と伝えたが、僕にとって彼女がかけがえのない存在になってきているのは、間違いなかった。




「へぇ……それではアビアナ様とはうまくいっているのですね」

「少なくとも僕は彼女と一緒にいる時間はとても好きだ」

「一緒にいる時間が好き……ね」


 本日の執務が終わり、僕は魔術室でこの力を抑えるための訓練を、ニキアス・ダンネベルク侯爵令息と行っていた。

 彼は僕より三つ年上の二十五歳で、王宮に仕える魔術師だ。とても強い魔力を持って生まれた彼だが、そのうえ剣の腕も一流という、とても優秀な男。


 人々が僕を見ても目が潰れてしまわぬよう、特殊な魔力を込めたサングラスを作ってくれたのも彼だった。


 彼自身は、自分の魔力でより効力を発揮しているサングラスのおかげで、僕のほうを向いて話してくれる。


 アビーが来るまでは、彼だけが僕と向き合ってまともに会話してくれる人物だった。


 ただし彼ほどの力をもってしても、僕の力を抑え込むことはできないし、やはり姿を見ることはもうできないのだが。

 そのため、会話する距離には気をつけている。


「それで、プレゼントの話でしたね」

「ああ、そうだ。女性には何を贈ったらいいのだろうか」


 黒い髪と紫色の瞳に、鍛えられている身体。ニキアスは僕の側近を務めてくれているのだが、頭もよく、社交の場にはあまり参加しない僕から見てもモテているのがわかる。


 だからこうして、友人のような存在でもある彼に相談してみることにした。


「一般的な贈りものといえば花やお菓子……それから特別な日にはアクセサリーですね」

「なるほど」

「殿下がお選びになれば、アビアナ様はなんでもお喜びになるような気もしますが」


〝なんでもいい〟というのは、実に簡単で一番難しい回答だ。


「アビーの誕生日はまだ先だな……。特別な日でもないのにアクセサリーを贈るのはどうなのだろう?」

「いいと思いますよ。妃様への贈りものなのですし」

「しかし、やはりありふれた贈りものではないほうがいいのだろうか……」

「ですから、殿下がお選びになればなんでも嬉しいと思いますよ」

「……」


 そういうものなのだろうか。


 僕にはまったく経験のないことなので、わからない。

 だが、アビーの喜ぶ顔は見たいと思うし、単純に喜んでくれたらとても嬉しい。


 とりあえず彼女がいつも身につけていられそうなアクセサリーを何か贈りたい。


「もっとよくお話しをされて、何か欲しいものがないかうかがってみるのもいいかもしれませんね」

「なるほど。直接聞いても何もいらないと答えそうだからな」

「ええ、ですから、うかがうのです」

「わかった。そうしてみる」


 では、これからもアビーと過ごす時間を設ける必要がある。というか、僕はもっともっとアビーと話がしたいし一緒に過ごしたい。


 彼女のことをもっとよく知りたい。


 しかし自分の気持ちばかり押しつけて、彼女が僕と一緒にいるのが辛くなってしまっては困る。


 アビーが優しいからといって、調子に乗るな、グランツ。


「それにしても、顔合わせのときの女性と今のアビアナ様は違う人物だろうとおっしゃっていましたが……、本当に違ったようですね」

「ああ、そうみたいだ」

「しかし、彼女は一体誰なのでしょう」

「……それも調べてみる必要があるな」


 最初は、彼女が誰であってもよかった。父が納得する相手ならばそれでいいと思っていた。


 だが、今は違う。

 アビーがこれまで酷い目に遭っていた可能性があるのなら、フローシュ子爵家のことをもっと調べなければならない。


 そう思った。




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