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05.2回目の夜

 結婚式の翌日から、グランツ殿下がおっしゃっていたように私たちの寝室は別になった。


 今までの私の暮らしからは想像できないような豪華な食事と、毎日のお風呂にオイルマッサージ。薬師の方が調合してくれたオイルのおかげで髪にも肌にも艶が出て、これ以上食べられないというほどの贅沢な食事とダンスレッスンで、私は日に日に健康的な身体を手に入れていった。


 更に教養を身につけるための勉強も始まったけど、新しいことを学ぶのはとても楽しかった。


 私はこれまでろくに勉強を教わってこなかったのだけど、家にある本を読むのが好きだった。


 アビアナが将来いい相手と結婚するために教養を身につけるべく買ってもらった本に、彼女はまったく手を付けていなかった。それらの本を、私は片っ端から読んできたのだ。


 だから、案外すんなりと頭に入ってくることが多かった。


 グランツ殿下と顔を合わせるときは必ず特殊なサングラスを目にかけさせられたけど、そもそも彼と会話できるほどの距離に行くことがそうなかった。


 グランツ殿下は滅多にお部屋から出てこないのだ。


 周囲の人に迷惑をかけないためにそうしているのだろうということが、すぐにわかった。




 そんな生活がひと月ほど続いたその日――。


 今日は月に一度、グランツ殿下と寝室をともにする日だ。


 お城の侍女の方たちのおかげで、結婚式を挙げた日よりも私の見た目はだいぶよくなったのではないかと思う。


 痩せすぎであばらが見えていた身体には女性らしく肉が付き、水仕事で荒れていた手の傷は消え、ぼさぼさだった髪にも艶が出た。


 だから今夜こそ、私の務めを果たそうと思う。


「グランツ様、お待ちしておりました」

「……その格好はなんだ?」


 目を閉じたまま、私はグランツ殿下の声がするほうに身体を向けた。

 今日は侍女にお願いして、少し色っぽい夜着を用意してもらったのだ。


 だって私はグランツ殿下の子供を産むために嫁いできたのだから。

 役割を果たさなければ、殿下にも「いらない」と言われてしまうかもしれない。


「男の方はこういうのがお好きだと聞きまして」

「……」


 肩が紐だけになっていて胸元が大胆に開き、丈も短く膝が出てしまうこの夜着を着るのは、本当は少し恥ずかしいけれど。


 でもこういうものなのだと思って割り切ることにした。これくらいで怖じ気づいていたら、王子の妻なんて務まらないのだ……!


 私はこれまで若い男性とあまり話をする機会はなかったけれど、このひと月で色々なことを学んだ(・・・)


 こういうことを私に教えてくれた教師からは、すべてはグランツ殿下のためと思っているのが伝わってきた。


 だから私もその熱意に精一杯お応えしたい。


 そもそも私はここへ来たときから覚悟が決まっているのだけど。


「アビアナ」

「はいっ!」


 グランツ殿下が近づいてきたのが、足音と声が聞こえた近さでわかる。


 ぴしっと背筋を伸ばして返事をした私の肩に何かが触れたと思ったら、そのままあたたかいものが私を包み込んだ。


「そんな格好では風邪をひいてしまうよ?」

「え……?」


 これは……ガウン?

 グランツ殿下が羽織っていたものだろうか……。あたたかくてやわらかくて、気持ちがいい。


「僕は君に何かするつもりはないと、前も言っただろう?」

「……」


 優しく、穏やかな声でそう言うと、グランツ殿下は結婚式の日同様、私に目隠しをしてソファで眠ろうとした。


 確かに言っていた。もちろん覚えている。

 やっぱり私のような女を妻にするのが、グランツ殿下も不本意なのだろう。


 僕のことを愛する必要はないと言っていたけれど、彼だって私のことを愛する気はないのだろうし、〝一般的な夫婦〟になるつもりもないということか。


 それなら無理に押しつけることではない。けれど。


「グランツ殿下――!」


 そんな彼に向かって、私は思いきって口を開いた。


「どうした?」

「……少し、お話ししてもよろしいでしょうか」

「……ああ」


 父には余計なことをしゃべるなと言われたけれど、私はどうしてもグランツ殿下に伝えたいことがある。


 目隠しをしたまま、ソファにいるだろうグランツ殿下に近づこうとベッドを降りた私は、足下が見えないために転びそうになった。


「……っ」

「危ない!」


 その身体はグランツ殿下によって支えられる。


「申し訳ございません」

「……いや。こちらへ」

「ありがとうございます」


 グランツ殿下に手を握られ、私はゆっくりとソファに誘導された。


 殿下の手はとてもあたたかいなめらかな肌だけど、大きな男の人の手だ。


 そのお姿を見たことはないけれど、こうして触れると彼がここにいるということをとても実感できた。



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