22.グラン様との距離
今日は王宮の庭園に新しく完成したガゼボで、グラン様とお茶をすることにした。
この庭園はグラン様が私のために新しく庭師に剪定させた、とても綺麗な場所。
ガゼボへと伸びる道の周りにも誘導するようにお花が咲き、着席するとその花々がよく見えてとても美しい。
ガゼボ内は日陰になっているから日差しが強くても気にならないし、時折ふわりと頬を撫でる風が心地いい。
「とても素敵ですね」
「ああ。アビーが気に入ってくれてよかった」
ルルも連れて外に出た私たち。ルルは庭園内を楽しげに駆け回っている。
使用人がお茶とクリームたっぷりのケーキを用意してくれて、私とグラン様のお茶会が始まった。
とても素敵。見事なまで完璧な空間に、私からは感嘆の息が漏れるだけ。
……なのだけど。なぜかグラン様は私の向かいではなく、私の隣に座っている。
こういう場合、普通は向かい合って座るものではないのだろうか……?
「ん? どうしたの、アビー」
「いえ……!」
グラン様を意識してちらりと見上げると、今日も美しく優しい笑顔でにこりと微笑まれた。どうしても胸がドキドキしてしまう。
キラキラと輝く笑顔と金髪、なめらかで白い肌。
グラン様はどうしてこんなに素敵なのかしら……。物理的な光は抑えられているのに、とても眩しい。
「アビー、顔が赤いけど、少し暑いかな?」
「ええっと……」
「今日は天気がいいからね」
「そういうわけではないのですが……」
グラン様が隣にいるからです……!
と言いたいけれど、それを言うのも恥ずかしい。
私たちは最初から始めると決めたけど、こんな状態では一体いつになったら次に進めるのか、正直私にはわからない。
あのまま勢いでいってしまったほうが、よかったような気さえする……!
けれど、恋人らしいことを最初から始めようと言ってくれたのはグラン様の優しさだから私はとても嬉しいし、実際にこういうデートのようなことをするのは、本当に楽しい。
だから、やっぱりもう少しこのままでもいいかもしれない。
「あ、アビー」
「はい」
悶々とそんなことを考えながらケーキを頰張っていたら、グラン様に名前を呼ばれた。
反射的に隣に座っているグラン様を見上げると、彼のしなやかな指がスッと伸びてきて、私の唇にそっと触れた。
「……」
「……取れた」
「…………え」
「ケーキのクリームがついていたよ」
「…………」
そう言ってにこりと微笑むと、グラン様は私の唇のすぐ横についていたらしいクリームを人差し指の甲でぬぐい取り、当たり前のように自分の口に運んでぺろりと舐めてしまった。
「甘い」
「……グラン様!」
グラン様のそんな行動に私の顔にはたちまち熱が上っていく。
甘いのは、あなたのほうです……!!
グラン様の後ろで、控えていた使用人が拭くものを持って近づこうとしていたけど、今の行動を見て空気を読んだのか、頬を染めてスッと身を引いたのが見えた。
この人は、確信犯なのだろうか……?
ご自分がどれだけ美しくて格好よくて素敵な人か、わかっていてやっているのだろうか……!?
「アビー、顔が真っ赤だよ?」
「……」
それはそうですよ!!
グラン様は本当に女性に慣れていないのだろうか。今のはとても自然だった。自然な流れで、なんでもないことのように今のをやってのけたのだ。
……この人、一体慣れたらどうなっちゃうの……?
ちょっと想像するのも怖いかも。
なんて思いながら落ち着こうと深く息を吐いて呼吸を整えていたら、さっきまで近くを走り回っていたルルがグラン様の横までやってきていることに気がついた。
すんすんと鼻を鳴らしてグラン様にすり寄ったと思ったら、ルルは勢いよくのしっとグラン様の身体に前足をかける。
「わっ」
「!!」
その拍子にグラン様の身体が隣に座っていた私のほうへと傾いた。
「すまない、アビー。大丈夫か?」
「はい――!」
傾いたグラン様の肩が私の肩に触れて、とても近い距離でグラン様がこちらを見た。
「……」
「……」
本当に、なんて素敵な方――。
至近距離で見つめ合った私たち。
グラン様の美しさにみとれてしまった私は、その宝石のような碧眼に吸い寄せられるように目が離せなくなってしまったけれど、その瞬間グラン様の頬がぽっと赤く染まったように見えた。
「すまない……」
「いいえ……」
先に目を逸らして距離を取ったのは、グラン様だった。
やっぱり、気のせいじゃない。
グラン様は頰を赤く染めたままそう言うと、すぐにルルへと顔を向けて「こら、いきなり驚くだろう?」などと話しかけている。
「……」
ルルと向き合っているグラン様の表情は見えないけれど、斜め後ろから見える耳が、やっぱり赤い。
照れているのを隠しているのだろうか。
グラン様も、もしかして私と同じようにドキドキしてくれていたのかしら……?
こういうところを見ると、やはりグラン様も女性に慣れていないのだということと、私のことを好きだと思ってくれているのだということが伝わってくるようで、嬉しい。
ルルはそのことを知ってか知らずか、とてもご機嫌の様子でふぁさふぁさとしっぽを振っていた。




