19.彼女の笑顔を守りたい※グランツ視点
アビーと、初めてデートをした。
馬車という狭い空間に二人きりというのは、とても緊張した。
僕の心臓は情けないくらい大きく高鳴っていたが、アビーに悟られないように平静を装った。
婚約者がおらず、大人になってから人と接することがなくなった僕は、女性に慣れていない。
アビーの前で格好つけたいと思う自分と、正直になれと思う自分が葛藤していた。
街でのデートはとても楽しかった。
アビーと手を繋いで歩いたりお茶をしたりするだけの普通のことが、僕にはとても特別なことなのだ。
目を合わせて会話できることが、本当に嬉しかった。
これからアビーとどんなデートをしようか。どこに行って、何を食べようか。
何をプレゼントしよう。そうだ、何かお揃いのものを身につけるというのも憧れるな。
とにかく、僕はこれからアビーと普通の恋人同士がすることをできるのだ。
それを考えるだけで、本当に楽しい。未来が開けた。
だが同時に、少し照れ臭い気持ちにもなった。
アビーは眩しすぎる僕の光りが消えた後も、以前と変わらず接してくれる。
いや、アビーも少し恥ずかしそうにしていたが、それがとても可愛らしかった。
「――本日はとても楽しめたようですね」
「ああ、本当に楽しかった」
その日の夜、仕事の話が終わったところでニキアスがふと口を開いた。
「殿下のあんなに幸せそうなお顔を見られる日が来ようとは……アビス様には俺も感謝しています」
それは物理的にもそうなのだろうが、ニキアスは感慨深そうにそう口にした。
「そうだな、アビーには本当に感謝している」
姿が見えない僕を受け入れてくれて、寄り添ってくれたことだけではなく、僕の眩しすぎる光を抑えてくれたことにも、もちろん僕は感謝しているし、国王を含めた国中の者がそう思っているだろう。
「殿下、気分のいいところ申し訳ありませんが、あっちも片付いたようですよ」
「そうか……」
ニキアスは改まった様子で言った。
あっちとは、アビーの実家である、フローシュ子爵家のことだ。
アビーの父は彼女の存在を隠してきた。
娘は双子の姉であるアビアナだけとして、闇魔法が使えるアビーをずっと影の存在として虐げ、酷い仕打ちを与えていたのだ。
実の娘だというのに、とても許しがたいことだ。
彼女自身は、父や姉の悪口を言ったことはない。
今、こうして僕と結婚して城で生活していることに感謝し、とても幸せだと言って笑ってくれている。
そんなアビーが心から愛おしい。アビーの幸せは僕が守る。
だが、あの父親を許すことはできない。
そもそも娘を僕と結婚させようと考えたのも、自分が作った借金が原因だったのだ。
フローシュ子爵は見栄を張って豪遊し、娘のアビアナにだけは欲しがるものをなんでも買い与えていたようだ。
使用人も雇っていたが、アビーのことも使用人のように扱い、食事もろくに与えていなかったらしい。
本当に許せない。僕がこの手で殺してやりたいほど、憎い。
だが、どんなに憎くても彼らはアビーの肉親だ。それにアビー本人は、そんなこと望んでいないということはわかっている。
だから、貴重な闇魔法を使える娘を隠し、更には虐待していたという罪と、王子である僕を騙して娘を嫁がせたという罪で、フローシュ子爵の爵位と領地は取り上げることにした。
「それで、彼らは今後どうなる?」
「働きに出るしかないでしょうけど……彼らができる仕事は限られているでしょうね。死ぬほど辛い思いをすることになるかと」
「……だろうな」
だが、それも自業自得だ。
姉のほうもできる仕事などないだろうし、そうなったら修道院に行くしかなくなるだろう。
アビーがこれまでにされてきたことを考えると、それでも甘いとすら、僕は思う。
***
「アビー」
「グラン様」
その後、寝る前に僕はアビーの部屋を訪れた。
寝室はまだ別だが、おやすみを言いに行くくらいなら許されるだろう。
アビーも嬉しそうに笑って僕を迎え入れてくれる。
「今日は本当にありがとうございました! あの髪飾りは一生の宝物です」
「僕も今日の思い出は一生の宝物だよ」
「まぁ、グラン様ったら」
頬を染めて、ふふっと笑顔を浮べてくれるアビーに、胸が高鳴る。
アビーは笑顔がよく似合う。彼女が笑ってくれるなら、僕もそれで幸せだ。
「……」
「アビー? どうかしたのか?」
だが、ふと何かを考えるようにアビーから笑顔が消えた。
「いえ、浮かない顔をしてすみません……!」
「いや、何かあるならなんでも言ってくれ」
「……つい、高価なものをいただくと、父と姉のことが頭に浮かんでしまって……」
言いづらそうにしながらも正直に答えたアビー。彼女が未だあの家族に心を脅かされているのだと思うと、いたたまれなくなる。だが。
「彼らは君を酷い目に遭わせていたが……きっと反省しているよ。フローシュ子爵も娘である君の幸せを願っているに違いない」
「……そうだと嬉しいです」
「そうに決まってる」
そっとアビーの手を握って言うと、彼女の顔に笑顔が戻った。




