18.まずはデートから
それから私たちは普通の恋人というものがやることを一から始めていくことにした。
たとえば、まずはデートとか。
「――本当によろしいのでしょうか……。グラン様がこっそり街に行くなんて」
「大丈夫。大人になった僕の顔はまだ知られていない。こんな格好をしていたら、誰も王子だなんて思わないよ」
「……そうですね」
王都の街に行ったことがなかった私は、一度ゆっくり街を見てみたかった。
だからグラン様に「街に行かないか」と言われて、何も考えずに「はい」と頷いてしまったけれど、まさか王子という身分を隠して護衛も付けずに行くなんて。
一応、グラン様の側近である魔術師のニキアス・ダンネベルク侯爵令息は私とグラン様のデートの邪魔をしないようについていくと言っていたけれど、王子の外出に護衛が一人だなんて、通常ではあり得ない。
グラン様が大人になってからはもう眩しすぎて他人からその姿が見えなくなってしまっている。だから当然、グラン様の姿絵は子供の頃のものしかないのだ。
「それに、僕はこれでも鍛えている。君のことは守るから、安心してくれ」
「……はい」
そういう心配をしているわけではないのだけれど……。
でも馬車の中で隣に座っているグラン様がとても嬉しそうにしているから、私はそれ以上何か言うことなどできるはずがなかった。
それに、グラン様も滅多に街に来る機会なんてなかっただろうし、それこそ大人になってからは人々に迷惑がかかると、外出を控えていたのだ。
こうして普通に外に出られることがどんなに嬉しいのか、私にはとてもよくわかる。
「ニキアスにおすすめの店を聞いておいたんだ。僕も行くのは初めてだが、彼はとても信用できるから、きっといい店だろう」
まるで少年のようにわくわくした様子を隠せずにいるグラン様が、なんだかとても可愛く見えた。
やがて街へと到着し馬車を降りると、グラン様は当然のように私の手を握って歩き出した。
「疲れてきたらすぐに言って。それから、気になる店があったら入ってみよう」
「はい、ありがとうございます」
そう言って眩しい笑顔を浮かべるグラン様に、胸が高鳴る。
手を繋いだことは何度もあるのに、目が合っているだけでこんなにドキドキするなんて……!!
まずはニキアスに聞いたお店に行ってみようということになったのだけど、どれも女性もののアクセサリーや小物などの装飾品が売っているお店ばかりだった。
そしてグラン様は「どれか気に入ったものはあるか?」と、聞いてきた。
どれもとても素敵だけど……。これまでの私にはあまりに手の届かないような品物ばかりで、とても「これが欲しい」なんて言葉は出てこなかった。
だからどのお店に入っても恐縮して断っていたら、グラン様は「アビーが気に入るようなものが置いてある店はなかったか……」と残念そうに呟いたので、慌ててそのとき目の前にあった髪飾りを指さして「これが気に入りました!」と言ってみた。
けれどそれにはとても高価な宝石があしらわれていて、私は気を失いそうになった。
グラン様はとても嬉しそうに顔をほころばせて「そうか」と言うと躊躇わずにそれを購入し、早速私の髪につけてくれた。
「本当にありがとうございます」
「とても綺麗だ。似合っている」
その後は、たくさん歩いたので少し休憩しようということになり、近くにあったカフェに入った。
おしゃれな内装で、落ち着いた雰囲気のそのお店で紅茶を頼み、向かい合って座る。
グラン様は、私のほうばかりを見ている。
褒めてくれるのは嬉しいけれど、そんなに見られていては少し恥ずかしい。
これまでもグラン様は優しい言葉をたくさん言ってくれたけど、そんなに熱く見つめられると照れてしまう。
だってグラン様は本当に素敵な人だから。
今までこんなに見つめられたことはないのに――そう思ったけれど、ふと考える。
もしかして、これまでも私が気づいていないだけでグラン様はこんなふうに私のことを見ていたのだろうか。
「……」
「アビー、顔が赤いけど、どうかした? 暑いか?」
「いえ……っ! 大丈夫です……!」
目が合わなかったから、私も熱心にグラン様のことを見ていたことを思い出し、急に羞恥に襲われた。
「でもこうしてアビーと普通にデートできる日が来るなんて……本当に嬉しいよ」
「私もです、グラン様」
にこりと笑って紅茶を口にするグラン様は、動作の一つ一つがとても美しくて、完璧だ。
私も三ヶ月間淑女教育を受けたから、少しはマナーを身につけたし、それっぽくは見えると思うけど……。
私は本当にこんなに素敵な王子様と結婚したのよね……。
改めてそう実感しながらじぃっとグラン様を見つめていたら、私と視線を合わせたグラン様が、今度は頬をほんのりと赤く染めた。
「アビーと目が合うのはとても嬉しいが、そんなにしっかり見つめられると照れるな。これまでは僕のほうを見ていても微妙に目が合ってはいなかったから」
「そうなのですね……」
照れているのは私だけではないことに、なんとなくほっとする。
同じことを考えていたなんて、嬉しい……。
カフェを出たら、そろそろお城へ戻ることになった。グラン様は暇ではないし、やはりあまり長い時間外出しているのはよくないのだ。
というか、ニキアスは本当に私たちを見ているのだろうか……?
邪魔をしないようにとは聞いていたけれど、まるでいないのではないかと思ってしまうほど、見張られている感じがしない。
「アビー? どうかしたのか?」
「あ、いいえ。なんでもありません――」
馬車に戻る前にきょろきょろと辺りを見渡していた私に不思議そうに声をかけてくれたグラン様にはっとして、彼を見上げる。
「……?」
でも、そのときどこかから視線を感じた。
「……」
「アビー?」
「すみません!」
やっぱり、ニキアスがどこかから私たちのことを見ているのだろうか。
それにしては、なんというか……胸がざわざわするような変な感覚があったけど……きっと気のせいね。
「戻りましょう。今日はとても楽しかったです。素敵な髪飾りも、本当にありがとうございます」
「僕もとても楽しかった。またこうして一緒に出かけよう」
「はい!」




