15.影の令嬢は光王子に闇を射す
「なぜ……なぜだ、なぜ僕のことが見える!? 目は平気か!?」
「私は、闇魔法の使い手なのです」
「闇魔法……? なんだって!?」
私たちの会話を聞いていた者たちが、途端にざわついた。
これは私自身も一種の賭けだった。
目を覆っていたハンカチを取って直に彼を見るとき、久しぶりにこの力を解放させた。
でもたぶん私なら大丈夫だという自信も、どこかにあった。
それに今はそれよりも、彼の顔が見たいという気持ちと、彼に寄り添いたいと願う思いが大きくて、強かった。
「私があなたに闇を射しましょう」
「!?」
グランツ様の腕に手を触れたまま、願うように力を流す。
闇魔法の使い手である私には彼の姿を見ることができたけど、このままでは他の者を危険にさらしてしまうということは、変わらない。
だから私が、なんとかしたい。
「グランツ殿下……!?」
「ああ、グランツ殿下、グランツ殿下だ……!!」
彼の従者たちが、感嘆の息を吐きながら口々に彼の名を呼ぶ。
姿を捉えることはできてもまだ光り輝いて見えていたグラン様が、私の力を受けてその輝きを落ち着かせていく。
「これでもう大丈夫です。皆、あなたの姿が見えます」
「……なんだって?」
「グランツ様! 見えます!! 我々にも、あなた様の姿が見えております……!!」
「ああ、なんということだ……!! 奇跡だ……!」
「本当に美しい……グランツ殿下……」
見目麗しい王子を前にして、周囲の者たちが沸き立つ。
グラン様自身は、とても不思議そうに自分の手や身体を見つめている。
「……皆、僕が見えるか?」
「見えております……! しっかりと……!! グラスも必要ありません!!」
そう言って、彼らは嬉々としてサングラスを外した。
「しかし一体これは……!?」
けれどすぐに、みんなの視線が私に向けられた。
闇魔法は邪悪。私は捕まって、殺されてしまうかもしれない。
けれど、それでもいい。こんなに優しい王子様のためならば、私はこの力を惜しみなく使える。
きっと私はこの方のために生まれてきたのだから――。
「……っ、そうよ!! この女は闇魔法が使えるのよ!! この魔女め!! 捕まって処刑されるがいいわ!!」
すると、床にしゃがみ込んで目を押さえていたアビアナが私に指をさして叫んだ。
指の隙間から見えた彼女の目は血走っている。
「なぜ彼女が処刑されねばならぬのだ?」
「……!? 国王陛下!!」
ずっと玉座に座っていた陛下が、ふと声を上げた。
それにより、ざわついていた会場内が一瞬にして静まり返る。
「……私は闇魔法の使い手です」
「うむ、とても素晴らしい力だ。これまでどんなに力のある魔術師でも、息子の光を押さえ込むことはできなかった。だが君のその力のおかげで、グランツは救われたのだ」
陛下の静かで落ち着きのある声だけが、私の耳に響く。
「ですが、闇魔法はとても邪悪な力で……」
「この国にそのような法律はない。かつて魔王がその力を使っていたのは事実だが、悪いのはその力ではないぞ。重要なのは持って生まれた力をどう活かすかだ。そなたは誠にグランツの妻として相応しいな」
「……」
にこやかに微笑んだ陛下のお言葉に、私の胸から何か熱いものが込み上がってくる。
私は、忌み子ではないの……?
グラン様の妻でいられるの……?
「アビー」
「……グラン様」
涙を堪えている私に、グラン様が優しく手を差し伸べてくれる。
その手に掴まろうと自分の手を伸ばしたら、アビアナがもう一度叫んだ。
「私が本当のアビアナです! 殿下! あなたの本当の妃は、私なのです!!」
その言葉に、私の身体はびくりと揺れる。
「そうでしょう! あんたは私の影よ! 返しなさいよ! 私のグランツ様を――!」
そうだ。これまで私はずっとアビアナの影だった。
華やかな表に出るのはアビアナで、私は生きているだけでありがたいと思わなければならない存在。
だから、アビアナがいらないと言ったものはもらい、返せと言われたら返してきた。
――これまでは。
「嫌です。グラン様だけは、返せません」
「な……っ! 生意気言うんじゃないわよ!! グランツ様! この女は私からあなたを奪ったのです!! あなたと婚約を結んだのはこの私です!!」
アビアナの叫びに、グラン様は彼女へ視線を向けた。そして――
「君は誰だ? 知らないな。僕が結婚式で愛を誓ったのは確かにアビーだった。それに、フローシュ子爵家には娘が一人しか存在しないはずでしょう?」
「……ですから、実は双子の妹で……!」
「ではあなたとフローシュ子爵は、これまでずっと王族に嘘をついていたというのか?」
「あ……」
「それは問題だな。とても貴重な闇魔法が使える彼女を隠していたなんて」
「いえ……それは……っ」
「まさか、そんなはずありませんよね? アビーに姉妹はいない。姉なんて、存在しない。それにあなたたちはまったく似ていない」
「ああ…………そんな……」
にこやかに、けれどとても低く重みのある声で発せられたグラン様の言葉に、アビアナはそれ以上何も言えずに俯いた。
彼の言葉は、はっきりと彼女の存在を否定していたのだ。
 




