14.やっと目が合った
「こっちを振り向かないでね、アビー」
「!」
グラン様だ。
グラン様が、玉座から降りてここまで来た――。
私たちから距離を取るように離れていく人たちは、グラン様が自らホールに降りてきたことに動揺している。
「そこのご令嬢、僕の妃があなたに何か失礼を?」
「い……いいえ……!」
アビアナは頭を下げたまま震えた声で答えた。
「顔をお上げくださいと言いたいところですが……、そのグラスをかけていても、僕のことが怖いですか?」
「……」
アビアナはサングラスをかけている。せめて目元だけでも隠しているのだろう。それにグラン様はまだ私の後ろにいる。これくらい距離が離れていれば、目が潰れてしまうということはないはずだけど、アビアナは顔を上げない。
彼女は一度グラン様と顔を合わせている。あのときのアビアナが自分だとばれることを恐れているのだろうか。
だからこんな場所に来なければよかったのに。
「顔を上げてください」
「……」
「顔を上げろ」
「……っ」
いつもは穏やかなグラン様の、こんなに鋭い声を聞いたのは初めてだった。
アビアナは速やかに顔を上げた。
「僕はこのような姿をしていますが、それでもこんな僕のもとに嫁いできてくれた彼女を心から大切に想い、愛しています。そんな彼女を傷つけるような真似は、絶対に許さない」
「…………」
顔を上げたアビアナはグラン様のほうを向いている。
姿など見えなくても、グラン様がどれだけ怒っているかがよくわかった。
「きゃぁ!?」
そのとき、グラス越しにアビアナの瞳が震えたと思ったら、彼女が突然叫びながら目を押さえてしゃがみ込んだ。
「グランツ殿下――!」
周囲の貴族たちもグラン様から顔を背け、従者が慌てたように彼の名を呼ぶ。
すぐ後ろにいる彼から、とても大きな力が溢れているのが、私にまで伝わってきた。
――彼の力は、日に日に大きくなっているのかもしれない。
「……すまない、アビー。これ以上人前に出れば、僕はみんなを傷つける」
後ろから私の肩に手を触れると、グラン様は耳元でそっと囁くように言った。
「この力は年々大きくなり、抑えが効かなくなっているんだ。だから今日のパーティーを最後に、僕が人前に姿を出すのはやめるよ」
「え……?」
「君と結婚できて嬉しかった。少しの間だが、僕と一緒にいてくれてありがとう。しかし君ももう、自由になってくれ」
「……グラン、様?」
そして最後に、グラン様はハンカチで私の目を隠した。
グラン様は、もう人前に姿を現さない……?
生きているのに……存在しているのに、身を隠して生きるというの……?
それでは、今までの私と一緒だ。
こんなに素敵で優しい方なのに、そんなの悲しすぎる――!
「アビー!?」
覚悟を決めた私は、彼を振り返って目元に巻かれていたハンカチを解いた。
「僕を見ては駄目だ……!!」
グラン様は慌てたように叫ぶと、自分の腕を顔の前に掲げて私から顔を逸らした。そんなことをしたって、身体全体が輝いているのなら無駄だと思うけど……この方はどこまでも優しい人なのだ。
「グラン様」
「……っ」
「グラン様」
「…………っ」
「大丈夫ですよ、グラン様」
「……え?」
顔を覆っている彼の腕に触れた私に、グラン様はようやく腕を下げ、じっと私に視線を向けた。
「ああ……、やっと目が合いましたね」
「……アビー、君は、僕を見ても平気なのか……?」
「はい。はっきり見えていますよ。確かに、とても眩しいくらい、素敵な方ですね」
彼の目をまっすぐ見つめて微笑むと、グラン様は美しい瞳を大きく見開いて口を開いた。
「僕が……僕のことが、見えるのか……!?」
「はい、グラン様」
しっかりと、グラン様の目を見て答える。
美しい碧眼は、彼が私にくれたアクセサリーについている宝石に、とてもよく似ている。
輝くような金髪は少し不揃いに切られて長めだけど本当に美しい。でもきちんと切りそろえてもらったほうがいいわね。
整った目鼻立ちも、美しい肌も、国一番の美人と評されていた今は亡き王妃様にとてもよく似ていた。




