11.妻との時間※グランツ視点
「――失礼します、グランツ殿下」
「マリー、どうした?」
今日の仕事が終わる頃、マリーが小包を持って僕の執務室にやってきた。
昨日はアビーにブレスレットを贈った。
彼女は知らないだろうが、僕の瞳の色に似た宝石の、ブレスレットを。
夫婦や恋人同士の間で、自分の瞳や髪の色の宝石がついたアクセサリーを贈るのが流行っている。
アビーはとても嬉しそうに笑って礼を言うと、うっとりするように何度もそのブレスレットを見つめていた。
それなのに、突然何かを思い出したようにはっとすると、表情を暗くさせた。
どうしたのかと聞いても答えてもらえなかったが、何かあるのは間違いないと思って、アビーの侍女であるマリーに何か変わったことがあればすぐ伝えるよう言っておいた。
「今朝これを、アビアナ様がご実家のフローシュ子爵家に送ってほしいと」
「……中身は?」
「手紙と、子爵様への贈りものだと」
「……」
子爵への贈りもの?
「彼女は商人と会ったりしていたか?」
「いいえ」
「贈りものに心当たりはあるか?」
「いいえ」
マリーは少し俯き気味で、静かに首を横に振った。
アビーとニキアス以外、僕に顔をまっすぐ向けて話す者はいないので、そんなことはもう気にならない。
それに僕の輝きは年々大きくなっていっているのだから。
今日は、アビーが僕の部屋を訪ねてこなかった。単純に勉強やダンスレッスンが忙しかったとも考えられるが、彼女の昨日の表情を思い出すと嫌な予感が僕の頭をよぎった。
「アビーには悪いが、開けてみてくれ」
「かしこまりました」
中身が本当にただの手紙と父への贈りものならそのまま送ろう。しかし、僕には一つ心当たりがあったのだ。
「――ああ、やはりな」
マリーが開けてくれた小包の中を覗き込むと、そこには僕がプレゼントしたブレスレットと、手紙にしては随分と膨らんだ封筒が入っていた。中身は金だろうと、すぐに想像できた。
「いかがいたしましょうか」
「これは僕が預かっておく。アビーにはまだ何も言うな」
「承知いたしました」
やり取りを終えるとマリーには下がらせ、僕はその包みを部屋の奥にあるキャビネットにしまって頭を抱えた。
「……」
ブレスレットを受け取ったアビーはあんなに嬉しそうにしていたのだ。あれが嘘だとは思えない。
ならばどうして、父に送ってしまうのだろうか――。
……答えは明白だ。
フローシュ子爵が抱えている借金を返すため――それから、娘を僕に売った金でこれからの人生、豪遊する気でいるのだろう。
……ブレスレットに限って言うなら、もしかしたらフローシュ家にいる誰かに渡すためなのかもしれない。
僕はアビーに贈ったのだ。
あんなに可愛く笑ったアビーの笑顔を奪う真似をするなんて、とても許せない。
最近の調べによると、フローシュ子爵が養女を迎えようとしているという情報があった。
しかしその娘が元々どこの生まれであるのか、なかなか足がつかないのだ。
とてもきな臭い。
これは早くあの家について調べを進める必要がありそうだ――。
***
それから数日、アビーが休憩時間を利用して僕の部屋を訪れることはなかった。
僕はアビーが執務室にやってくるあの時間をとても楽しみにしていたのだということを実感した。
そして月に一度、アビーと寝室をともにする日がやってきた。
緊張しながら彼女の部屋を訪れた僕だが、アビーは目をつむったまま、意外にもいつものような笑顔を浮かべてくれた。
「グラン様、お待ちしておりました」
「こんばんは、アビー」
アビーは前回のような大胆な格好はしていなかった。
あのときは正直、とても驚いたのを今でも覚えている。
色っぽく、肌が露になった夜着を着たアビーは本当に魅力的だった。
今日のアビーは肩も脚もちゃんと隠れている。そしてもちろん、彼女の腕にブレスレットはないはずだ。
それが僕に気づかれないよう、彼女は服の袖がまくれて腕が見えてしまわないよう、とても気を遣っているのがわかった。
……早く本当の意味で、アビーを解放してやりたい。
「グラン様、もうすぐお誕生日ですね」
眠る前に少し話すことにした僕たちは、ソファに並んで座った。
アビーの目元には、今回も僕が布を巻いた。
「ああ、そうだな」
「私からも日頃のお礼に、何かプレゼントがしたいのですが」
少し気恥ずかしそうにそう口にされたアビーの言葉に、僕の胸は高鳴った。
アビーが僕にプレゼントを考えてくれていたなんて……。はっきり言って、それだけで最高のプレゼントだ。
「グラン様はほとんどのものをお持ちでしょうし、男性にどんなものをプレゼントすればいいか全然わからなくて……」
「ああ……」
なるほど。
彼女が僕のことを考えてくれていたのかと思うと、やはりそれだけでとても嬉しい。
「何もいらないよ。君が結婚してくれただけで、僕は感謝しているのだから」
「ですが……」
「そうだな、そんなに言うのなら――」
ものはいらない。だから代わりに望みを一つ、聞いてもらいたい。
「僕の誕生日パーティーに、一緒に出席してくれるだろうか?」
「それはもちろんです!」
「では、僕が選んだドレスを着て参加してほしい」
「え……? そんなこと……ですか?」
「ああ、気に入ってくれるかはわからないが、アビーに似合いそうなものを見繕っているんだ」
「まぁ……そうだったのですね」
いつか彼女にドレスを贈りたいと考えていた僕は、彼女を思ってドレスを数着作らせていた。
そのうちの一つを、ぜひ僕の誕生日にアビーに着てもらいたい。
「いいかな?」
「もちろんです……! もちろんです、グラン様……むしろとても嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って俯いたアビーは、自分の膝の上に置かれた小さな手をぎゅっと握りしめた。
泣きそうな雰囲気にも見えるアビーを抱きしめてやれたら、どんなにいいだろう。
そう思いながら、僕たちは本当の意味で夫婦ではないことを思い出し、ぐっとその気持ちを堪えた。
たとえこの時間が長くは続かなくても、僕はアビーに感謝している。




