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第十二髪 もこもこの 鳴く声未来 暗示する

 会議が終わると、マリーナは慎太郎の元に早足で()け寄り、手を差し出す。


「マリーナだ。ここでは軍師をやっている。よろしく、大神官様」


「ええと、慎太郎だ。よろしく」


「シンタロー。実にいい名前だ」


 表情はさして変わらないが、アイスブルーの(ひとみ)の奥に満足げなものを(ふく)んでいる。


 感情表現が苦手なだけのようだ。


「シンタローが再召喚(さいしょうかん)待ちの間、こちらで最低限のスケジュールは組んでおいた」


「ありがとう、それにしても再召喚待ち……とは」


「大神官シンタローをこの地に招くには、複雑な術式と膨大なエネルギーを必要とするらしい。詳しくは大巫女か、侍従長に聞くといい」


 どうやら、こちらに呼び出すのはいつでも可能、というわけでもないらしい。


 大巫女は普段通りの雰囲気のまま、隣で微笑を(たた)えているが、相当な力を使ったのか、時折眠そうに目が(うつ)ろになる。


「今日は大巫女の体調のこともあるし、街で過ごしてもらう。明日は地下迷宮(ラビリンス)(おもむ)くことになる。その次はハーピィの里で服の調達だ」


 先程のスケジュール通りであった。


 地下迷宮(ラビリンス)はこの世界を構成する神の一柱(ひとはしら)大地神(だいちしん)「エルザビ」の支配するエリアだ。


 前回、といっても百年以上前になるようだが、黒き神が復活し、先代大神官が召喚された際も「とあるもの」を手に入れるために赴いたとのことであった。


「それでは慎太郎様、『カプラ』に会いに行きましょうか」



 慎太郎は大巫女の後についていく。


 せっかくなので、とマリーナも同行することになった。


 大神殿を出ると、目の前に見える黒き神は、前に見た時より一段と高くそびえ立ち、迫力が増しているように見えた。


 そのまま城壁に(ほど)近い、都の(はし)まで歩いていく。


 外れに行くほど田畑や牧場などが広がっており、荒らされた形跡があるところもぽつぽつ見受けられる。


 その中でも特に広い牧場へと到着した。


 そこは、他の場所に比べまだ牧草(ぼくそう)などの緑が豊かな場所であり、近くには引き込まれた川のせせらぎが聞こえる。


 その中に、気の抜けた動物の鳴き声が響き渡っている。


 慎太郎が鳴き声の方向を見ると、まるで羊のようなもこもことした白い体毛に覆われた、体長が平均して1メートル、大きいものは2メートル以上の全体的に丸い生物が、思い思いの調子で自由に闊歩(かっぽ)している。


 顔の周りは毛が全く無いので、()き出しの白い皮膚につぶらな黒い瞳が実に(あい)らしい。


「あの子達が、カプラです」


 大巫女がにこにこしながら紹介する。


 一行が近づくと、カプラ達は歓待(かんたい)するかのように順番に鳴き始める。


「フモー」


「フモー! フモッフモッ」


「フモーゥ。モフモ、フモモモー」


 その何とも言えない(ひび)きのある鳴き声を浴びて、どういうわけか、慎太郎はげっそりとした顔になった。


「この子達は、お(ちち)や毛を頂いているありがたい存在なんですよ」


「……害はないのかね」


「ええ」


 ただ、と大巫女が言葉を続ける前に、その(ゆる)やかな風に(ふさ)ごとたなびく、豊かな毛量(もうりょう)興味津々(きょうみしんしん)だった慎太郎が、カプラの頭部を()で始める。


「おお、おおお。何と(さわ)心地(ごこち)のいい」


「あっ、慎太郎様……!」


 大巫女の制止する少し(あわ)てた声が届く前にさらに撫でさする、が。


「あいたっ!」


 慎太郎の指の腹に、(するど)突起物(とっきぶつ)がさくりと()き刺さる。


 すぐに手を引いた慎太郎が、痛みの走ったその箇所(かしょ)を見ると、縦に傷口が出来ており、血がじわりと(あふ)れる。


「ああ、慎太郎様、すぐに治癒いたしますわ」


 大巫女は両手で慎太郎の手を包み込み、何かを唱えると、その部分が淡く青色に輝き、慎太郎の傷が見る見るうちに塞がり、痛みも引いていく。


「助かった、ありがとう。一体何が……」


「すいません、私の説明不足です。この子達は豊かな毛に埋まってしまっているので一見分からないのですが、鋭く硬い角があるので、頭を触る時は気を付けないといけないのです」


「なるほど。いやあ、私の方こそ、無遠慮(ぶえんりょ)だった」


 一見羊に見えていたが、どうやら山羊(やぎ)の一種だったようだ。


 慎重にまさぐってみると、頭部から鋭く尖った黒い角が生えている。


「お、あんたが今回の大神官様かね」


 厩舎(きゅうしゃ)の方から、小柄な老人が水を入れた木製のバケツを片手に、しっかりとした足取りで歩いてくる。


 顔のほとんどが白い毛髪で(おお)われており、辛うじて目と鼻が露出している、見るからに老齢の男性であった。


「慎太郎と言います。貴方は……」


「ワシはオウバクじゃ。ここのカプラを預かっておる」


 握手をした手は深いしわが刻まれていたが、若い男性よりもはるかに力強い。


「ふむ。今回は若者ではないんじゃな。神の(おぼ)()しは実に奇怪不可解(きかいふかかい)


 そういうと、オウバクはカプラの群れに入り、一頭一頭、慎太郎へ目を向けさせる。


 そのうちの一頭と目が合うと、こちらへとことこと近づいてくる。


「この子がよさそうじゃな。大神官様、この子を連れて行きなさい」


「連れていくというのは……」


 いまいち理解出来ていない慎太郎に、大巫女が説明をする。


「カプラは体が大きく力持ちなので荷物や人を乗せられますし、お乳は万能の食べ物、飲み物になるので、この地の者でそれなりの旅に出る時は、必ずと言っていいほど連れていく動物なのです」


「ふーむ。乳が出るとなると、カプラはメスが多いのかね」


左様(さよう)。基本メスしかおらんですな」


 どうやらオスは人前に姿を現すことはないらしく、ある日唐突にメスのカプラが受胎(じゅたい)し、子を産むということであった。


「カプラは(しろ)(かみ)カピツルの眷属(けんぞく)とも、(たて)とも呼ばれるほどの生き物ですからな。メスも子を産んでしばらくすると、行方不明になってしまうのですじゃ。たとえ、厩舎に(つな)いでいたとしても。伝説によると、死んでしまうとかではなく、神様の元に呼ばれるのだとか言われておりますじゃ」


「ふうむ、実に摩訶不思議な話だな。ちなみに盾というのはどうしてかね」


「ああ、それは。……実際に体験してもらうのが早いですな」


 オウバクは近寄ってきた別のカプラを撫でると、手に持っていたバケツから、水をひとすくいして、その背中を()らしていく。


 カプラは気持ちよさそうに、フモモモ、と鳴く。


「濡らしたところを触ってみて下され」


「ふむ、……うおっ、これは」


 濡らした場所は見た目こそ、もこもこのままだが、その手触りは先程とはまるで違い、石、あるいは鉄のようだ。


 試しに軽く指でコンコンと叩いてみるが、やはり尋常(じんじょう)ではない硬度のように思えた。


「とまあ、水に濡らすとおっそろしい硬さになるんですわ。徐々に体内に吸収されるか、あるいは乾燥すると元のふわふわになるですじゃ」


「いやあ、凄い。なんとも摩訶不思議(まかふしぎ)なものだな」


「まあ、それくらい神聖なモノっちゅーことですわ。是非とも覚えておいて下され。カプラは、水に濡れれば最強の盾となる、と」


 どうやら決まり文句らしい。豊かな毛の合間から見えるオウバクの顔は少し得意げだ。


「では、名前を付けてくだされ。カプラは名付けた者に良く(なつ)くでの」


「うむ。では……君の名前は『クリーム』だ!」


「フモッ!」


 名付けられたカプラは元気よく挨拶(あいさつ)する。


 クリームは、昔飼っていた白い犬の名前であった。

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