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第八話

「納得いかない! 絶対おかしいもん!」

 一番最後に到着したクーは頬を膨らませて座りこんだ。ヴィクターやハドに負けるのならまだ納得は行くが、どこからどう見ても駆け出し冒険者のリットに負けたのが悔しくてしょうがないのだ。

「納得いかないってのは、完敗した証拠だな」

 リットはクーを出し抜いてやったと達成感に満たされていた。思えば出会ってからずっと、今に至るまでクーには振り回されっぱなしだったので、ようやく悲願達成という感じだった

 その表情は隠れることなく出ていたので、クーは尚更悔しがった。意味もわからず、必要以上に勝ち誇られるのはいい気分とは言えないからだ。

「リットが魔法生物の特性を把握していたまでのことだ。立派なスキルの一つだろ? 単純にクーは知識で負けたってことだな。つまり一番の考え足らずってことだ」

 ハドもクーに勝つことは珍しいので、リットまでとはいかないが十分有頂天になっていた。

「この森がおかしいせい! 翻弄されたの! だって絶対ありえない位置に枝が伸びてくるんだもん。こんなの私専用のトラップみたいなもんじゃん」

「よく見ればずいぶん傷だらけだ。こっぴどくやられたようだな」

 ヴィクターは擦り傷だらけのクーを見てガハハと笑った。森といえばダークエルフのクーの得意分野のようなもの。それがずいぶんひどい姿になって到着したものだから、慢心のし過ぎだという意味を込めてからかったのだった。

「いつか冒険者を一から育てる時は、私に絶対服従するようにしないと……」

 クーの決意の瞳にリットは思わず身震いした。過去の思い出が蘇ったからだ。

「ここは子供の遊び場じゃないんだよ……いいかげんここに来たわけくらい話したらどうだい」

 魔女は勝手に盛り上がっている四人に苛立っていた。

 ここに家を構えた理由は人を寄せ付けず、研究に集中するためだ。本来ならば誰一人ここに踏み入れてほしくないものを、一気に四人も侵入してきたのだ。不機嫌どころか怒りが込み上げていた。

「悪かった」とヴィクターは魔女に近付いた。相手が警戒するのなんてお構いなしに一気に目の前まで歩いていくと、土鳥の卵を取り出して渡した。「これについて聞きたいんだ。わからなければ、そう答えてくれればい。オレ達はこのまま振り返って去っていく」

 ヴィクターは魔女が断らないとわかっていた。確証があるわけではない。ただの勘だが自信があった。それは魔女に対してではない。この土鳥の卵は自分の世界を変える。そういう勘だ。

 ヴィクターのあまりの自信に、魔女は土鳥の卵に興味を持った。好奇心を刺激されたせいで、これには何かあると無理矢理にでも見付けようとし始めたのだった。

「土鳥の卵――なんてものは聞いたことがない。だが『時の忘れ形見』という神の産物の話は聞いたことがある」

 時の忘れ形見というものは、時代に取り残されたもので精霊の干渉を受けないものだという。逆に言えば精霊が関われないので、一生壊れることのないもの。一説によると、精霊の力を超越した力を授かり、意のままに世界を操れるという。

「わーお……世界征服しちゃう?」

 クーはまるっきり話を信じていないので軽い調子で言った。

 ハドも同じく嘘くさいと鼻で笑った。

 しかし、ヴィクターとリットの二人はこれだと思っていた。

「いくつもの噂が実は一つの真実だなんてことはよくあるものだ。これは何かとてつもないものを手に入れることになる」

 ヴィクターが興奮気味に言うと、クーは呆れたと肩をすくめた。

「本当に世界征服しちゃうの? ヴィクターには似合わないけどなぁ……。リットも賛成なの?」

「大方はな」

 神の産物の噂はなにかと嘘が多いものだが、こんなに自分におあつらえ向きの条件が揃っているもの。それが無関係なことはない。リットはそう思っていた。

「協力するけどさぁ。誰かに征服された世界を飛び回ってもつまらなそうだなー。もう一つくらい世界があればいいのに」

 クーは急に熱が冷めたとやる気をなくしていたが、リットに「オレに負けた世界は居心地が悪そうだもんな」と煽られると、途端にやる気を取り戻した。

「一回私に勝ったくらいで、よくそんな大きなことが言えるもんだ。お姉ちゃん驚いちゃったよ。リットには自分の世界の狭さを教えるべきだね」

 クーはリットの肩で肘をつくと、尖らせた唇の隙間からブーブー言いながら睨みつけた。

「問題は解決したようだね。早く帰っておくれ」

 魔女はここにいられても迷惑だとはっきり言ったのだが、ヴィクターとクーはそれじゃあお邪魔しますと、図々しくも魔女の家に入っていったのだ。

 しばらく家の中からは魔女の怒りの声が響いていたが、次第に穏やかになり最終的には笑い声が響いた。

 クーが問題ないと窓から手招きするのを見て、リットとハドは家に入った。

「誤解していたようだね。長くいられたら困るけど、二、三日ならゆっくりして行っておくれ」

 すっかりご機嫌になった魔女を見て、リットはどういうことかとクーを見た。

「いつものことだよ。適当に話して仲良くなっちゃうのヴィクターは」

 クーはこんなことは慣れたものだと、特に反応することなく椅子に寛いでいた。

「リット。オマエもちゃんと挨拶するんだぞ。魔女のボンガスターに」

 まるで自分の子供扱いだとムッとしたリットだったが、ヴィクターの子であることには間違いないので複雑な気持ちだった。

「リットだ。ボンガスター。しばらく世話になる」

 ヴィクターに急かされたので握手しようと手を伸ばしたのだが、魔女が手を握る寸前で引っ込めた。

「待て……ボンガスターってことは……。もしかして……名前はクリクルか?」

「私は名乗っていないよ。なんで知っているんだい?」

 リットが思わず反応してしまったことに困っていると、ヴィクターは褒めるようにリットの頭に手を置いた。

「リットは魔女のことに詳しいんだ。男として初めて魔女の名を残すかもしれないぞ」

「そういえばアチェットからの手紙を持ってきたんだったね。面白がられてるか、認められているのかは知らないけど、興味を持たれたのは確かなようだね。そんな上等な考えを持っているような顔には見えないんだけどねぇ」

 クリクルが渋い顔でリットの顔を眺めると、横でクーが負けた悔しさの鬱憤を晴らすかのように、うんうんと首を振って同意していた。

「本当、私に勝てるような男には見えなかったんだけどね」

「アンタだけが、魔法生物を使ってここに登ってきたんだったね。なんで魔法生物のことを知っていたんだい?」

 すっかりリットがクリクルの質問攻めにあっている間に、残りの三人は本棚から勝手に本を出して土鳥の卵について調べていた。



 質問攻めから解放されたリットは大きなため息をついた。

 全て真実を言うわけにもいかず、あれこれと適当に話を合わせたせいで、それならあれはどうだ。そうならこれも知っているだろう。と、質問の量が増えてしまったのだった。

「なるほどアチェットが興味を持つはずだ。基礎を知らないくせに、本質は理解している。そこらの優秀な魔女弟子よりも、よっぽど教えがいがあるよ」

「そんなに教えてぇなら、こんなところじゃなくて。もっと人が来やすいと場所に住めよ」

「そうもいかない。私は私の為にここに住んでいる。人との繋がりを断ち切った時に開かれる道もあるということだ」

 そう言ったクリクルの顔は孤独の影に染められていた。これからクリクルが何をしでかすのか知っているリットは、何も言うことが出来なかった。ただ、幼い顔のクリクルよりも、今のクリクルのほうがしっくりくるのは確かだ。本当に彼女は若返っていたのだと、変に感心していた

「まぁ、オレは何も突っ込まねぇよ」

「当然だよ。それが他人の礼儀だ」

「いや、お礼だ」リットは肩をすくめた。「とにかく、土鳥の。もしくは時の忘れ形見について、知ってることが他にあればまとめてくれるか?」

「図々しい坊主だ。だが、面白い考えを持っているのは確かだ。これを魔法生物と捉えるか……」

「オレがそう言ったわけじゃねぇよ。そう解釈されて、アンタを紹介されただけだ」

「普通はそう結びつかないものなんだよ。結びつける為の確定的な何かを坊主が知っていたということ。まぁ……そうだねぇ……卵から生まれる魔法生物を孵すのに必要なのは熱じゃない。火の中から生まれる生物もいれば、水の中から生まれる生物もいる。フェニックスが火の中から生まれてくることを想像すれば、どんなものか見当がつくだろう?」

「まぁな」

 リットがあっさり納得するのには理由があった。フェニックスのこともそうだが、今ならば東の国の大ナマズが龍に変わるのはそういうものだろうと理解出来るからだ。それを言えばまたややこしくなるので、リットは黙っていた。

「つまりこれを魔法生物として捉えるのなら、適切な場所に連れていく必要がある。それが火山のマグマの中か、海の底の静まりかは知らん。そういった外部からの刺激が必要ということだ」

「はいはーい!」とクーが手をあげた。「土の中に埋まってたんだし、逆に空ってのはどう? ちょうどよくここは天望の木の真下。登れって言われてるようなものだよ」

「もしくはもう一度土に埋めるってのはどうだ? 東の国の下には、引きこもりナマズの通り道になってる洞窟があるって言われてるぞ」

 ハドはクーと競うように自分の意見を出したので、負けじとクーは次の意見を。またハドが次の意見をと、繰り返しあっていた。

「ヴィクター、アンタはなんか思いつくことはないのか?」

 ヴィクターは「一つあるぞ」と真面目な顔で言った。「カッパーライトの古城にある石像だ」

「んなの聞いたことねぇよ」

「本当か? あそこには忘れ去られた美女が眠っていると言われているんだぞ。そしてその美女というのが石像にされたという噂だ」

「それって関係あるか?」

「あるだろう。まず美女というところ。次に石像だ。もし、石像が人間に戻るのなら、土鳥の卵が次の姿になるヒントがあるかもしれないだろう?」

「順番が逆だろ。でもよ、ただの古城の石像だろ?」

「そうだな。特に魔女が力を持っていたや、魔法の類の噂は聞かんな。どうして石像になったかは一切噂に聞かない」

 ヴィクター荷物から地図を取り出すとテーブルに広げた。見たところ山にあるわけでも、川に囲まれているわけでもなく、なだらかな平原に建てられた城のようだった。

「行ってみる価値はあると思うよ。月や星だけじゃない。太陽に愛されるのも魔力ある土地の条件の一つだ」

 クリクルの言葉にリットは頷いた。星光のヨルムトル。月の国ディアナ。魔力ある土地にはいくつか訪れ、そこで魔力に関する何かに触れてきたからだ。



「もっとゆっくりしていってもよかったんだけどね。まぁ、早く帰ってくれるに越したことはないよ」

 次の行き先はカッパーライトの古城と決めたので、一晩泊まるだけですぐに向かうことになった。

「良い風が吹いてる時には身を任せるって決めてるんだ」

 ヴィクターは歯を見せて笑うと、頑張るぞと気合を入れた。

 そのまま枝を降りて行こうとしたのだが、リットは立ち止まり振り返った。

「あー……そのだ……なんだ……あれ……」

 リットはクリクルに未来のことを言うべきか言わないべきか悩んでいた。

「なんだい。煮え切らない男だね……」

 リットは「いや……」と一度かぶりを振ると、何も言わないことに決めた。「体に気をつけろよ。婆さん」

「そんなことを言うのに戸惑っていたのかい? 律儀な男なのか、面倒くさい男なのかわからないね。まぁ、ありがたく言葉通り受け取っておくよ」

 クリクルは笑みを見せると、頑張んなとリットの背中を叩いて送り出した。

 遅れて合流するリットに「遅い!」とクーが怒った。「リットが一番最後だよ。これで一対一。つまりイーブン。大きな顔はさせないよ」

「そんなに晩飯を奢りたくねぇのか。もっと気前が良いもんだと思ってた」

「奢るに決まってるでしょ。約束なんだから。リットが驕ってるのがムカつくって言ってるの」

「お、上手いな」ヴィクターはガハハと笑った。

「笑ってる場合じゃない。言っとくけどね、リット。勝負はお預けだよ、カッパーライトでの再戦を楽しみにしててよね」

「その前に飯を奢れよな」

「えいや」とクーはリットのお尻に蹴りを入れた。「今のは生意気言ったお仕置きだよ。まったく誰が師匠だったかは知らないけど、相当生意気な人にあれこれ教わったみたいだね」

「そりゃもうな。自分勝手なわがまま。人を手玉に取るのが生き甲斐で、自分の欲に素直過ぎる。あちこちでトラブルを起こすような奴だ」

「うそぉ……驚きぃ。そんなトラブルメーカーみたいな人って本当に存在するんだ」

「オレも驚きだ。しかも、そいつは自覚してるのにやめねぇっていう筋金入りの変人ときたもんだ」

 リットは嫌味に言うがクーに通じるはずもなく、抱きつかれてしまった。

「かわいそうに……嫌がらせを受けてきたら、そりゃ捻くれるはずだよ。今度あったら私がパンチしてあげるよ」

「そりゃ見ものだな。どうやるのか是非見てみてぇもんだ」

 自分のこととも知らずに成敗の話をするクーを見て、リットは思わず笑みが溢れていた。

「クーに絡まれてるこの状況で笑えるだなんて。才能があるぞ、リット」ハドは笑った。

「なんだよ……冒険者のか?」

「いや、変人のだ」

 ハドがからかって笑うと、ヴィクターも豪快な笑いを被せた。それにクーがご機嫌な笑顔で混ざると、リットもいつ間にか笑い声混ぜていた。






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