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第七話

「どうだ? 良い匂いだっただろう」

 ヴィクターは戻ってきたばかりのリットに肩を組んで言った。

「お香臭えだけだよ」

「女ばかりだぞ。もっと感想があるだろ」

「相変わらずムカつく女ばっかりだった」

 リットは顔を近づけてくるヴィクターに紹介状を押し付けた。

「これは年寄りの匂いだな……。どうだった? 美人な婆さんだったか?」

「んなこと、道端でする話じゃねぇだろ。さっさとずらかるべきだ。魔女が押し寄せてくんぞ」

「任せておけ」とヴィクターに案内された場所には、馬車が一台停められていた。

「どうやって用意したんだよ。こんなもの」

「ハドが話をつけたんだ」

「脅したんだろ」

「ちゃんと礼金を払ったぞ。魔女なら、ウィッチーズ・マーケットに行けば誰か知り合いがいて助けてくれるだろう」

 ヴィクターは早く乗れと、リットとクー馬車に押し込むと、自分は御者台に座った。

「おい……御者はどうした」

「魔女弟子だったから連れて行くにはいかんだろう。おしゃべりを続けてもいいが、舌を噛んでも知らんぞ」

 ヴィクターが鞭の音を響かせると、馬はいなないて走り出した。

「おい! どこ行くんだよ!」

「魔女のところに決まってるだろ。リットが持ってきた情報じゃないか!!」

 ヴィクターはスピードが足りないとさらに馬を加速させたので、もう御者台に向かって話しかけるのは困難になってしまった。

「いつもこんな感じなのか?」

 リットはどっと疲れが出てきたと、背もたれに背中を預けた。

「大抵はな」と答えるのは隣に座るハドだ。「いちいち街に寄るのは手間だろう。野宿も満足にできない奴は、すぐに脱落していく。心配するな、ヴィクターはオレが魔女と交渉している間寝てたからな。元気は十分だ。オレ達が寝て起きた頃には森も抜けてるだろうよ」

 ハドに乱暴に渡されたマントは、早く寝ろと言う意味だった。

 クーは二人がけの椅子を一人で使い、既に猫のように丸くなって寝ていた。やる事もなく、風に冷やされ眠気が覚めてしまう前に、リットも心地良い疲れのまま寝てしまおうと目を閉じた。



 翌日。目を覚ましたリットの目に飛び込んできたのは、天を貫くほどの巨大な木だ。これは『天望の木』と呼ばれ、この木のてっぺんから浮遊大陸へと行くことが出来る。

 だが、リット達が用があるのは浮遊大陸でなく下の森だ。

 森といっても木々が溢れる森ではない。天望の木から枝や根が伸び、そこから更に枝別れしたものが木のように大きく成長したのだ。そうして一つの木が森を作った場所に、紹介された魔女が住んでいる。

「ここを歩けってのか?」

 リットは目の前に立ちはだかる根っこを見て驚愕した。天望の木の根は太く大きく育つので、大岩サイズで曲がりくねって伸びているのだ。

「なかなか上り甲斐がありそうな森じゃない」

 クーはてっぺんの見えない天望の木を見上げて、誰にでもわかるほどワクワクしていた。

 同じ瞳をしているのはヴィクターだ。どう攻略してやろうかと、挑戦的に視線を森へと送っていた。

「よし! 一つ勝負と行くか」

 ヴィクターの提案にいち早く乗ったのはクーだ。

「負けた人は、次の街に着いた時に夕食奢りね」

 二人は「よーい……どん!」と口を合わせると、森に向かって走っていた。

 冒険慣れしているヴィクターとクーは、どんな未開の地だろうと臆することはないが、ハドは二人ほど冒険慣れしているわけではないので、何も考えずに飛び込むようなことをしなかった。

「無理はするなよ。二人に合わせてちゃ身がもたねぇぞ。そのひ弱な体じゃな」

 ハドが木を見上げなから言うので、リットも同じように木を見上げた。

「そう思うなら、どっから行くのかくらい考えろよ。これじゃあまるで崖上りだぞ」

 リットが巨大な根っこの前に立って言うと、遠くからハドの声が返ってきた。

「おいおい、勘違いすんなよ。勝負は勝負だ。お手手繋いで仲良くってわけにはいかねぇよ。それじゃあお先」

 ハドの声がした方向は分かったのだが、そこへ向かってもどこから森へと入って行ったのかはわからなかった。

 二人と行動を共にしているだけあって、ハドはリットよりも運動神経はあるし、行動力に結びつける知識もある。なので、自分が納得する考えが浮かんだなら、リットを待って一緒に行動する必要などなかった。

 三人の冒険は元々がこういうものだった。協力しなければ切り抜けられないところは協力するが、そうでないところでは自分らしく好きなように行動する。

 再び集合した時には、それぞれが別のものを見たり感じたりしてきているので、選択肢の幅が広がる。

 三人が冒険者として名を馳せているのは、そうして様々な問題を解決したり、新たなものを見つけてきたからだ。

 そして、今はその一員となったリットだったが、完全に置いてきぼりを食らい途方に暮れていた。

 このまま何もせずに三人の帰りを待っているというのも癪なので、しょうがなく目の前の枝を上ることにした。

 自分の身長の何倍もある根をひと上りするだけで、既に息が上がってしまったリットは、どこにあるのかわからない魔女の家まで、これを続けるのは無理だとすぐに悟った。

 だが、森に一歩踏み込んだ時点で、諦めるという選択肢は消えてしまった。

 今は太陽が出ているが、夜になればどうなるのかわからない。ただの森ならまだしも、こんな森は人生で一度も経験したことがない。どんな危険が身に降りかかってくるのか見当もつかない。

 安全性を確保するのなら、少しでも三人に近付いておく必要がある。

 運が良ければ、なにか会った時に駆けつけてくれる可能性があるからだ。

 リットは記憶の奥のほうに落ちていた言葉を拾い集めて、どうにかこうにか森を歩き続けた。

 こういった起伏の激しい場所では降りる方が難しいので、なるべく高くは上らない。地面に近いところを歩く方が疲れない。

 そのことをリットに教えたのはヴィクターだ。そのヴィクターとこうして未開の地を歩いているのだから、人生はわからないものだと思っていた。

 獣は少なく鳥が多いので、ひとまず安心して歩けそうだ。鳥のほとんどは天望の木に巣食う虫が目当てらしく、コツコツと幹や枝を叩いて中にいる虫を外へと追い出しては食べていた。

 その音があちらこちらから響いてくるものだから、何か不思議な音楽でも聴いているような気分になってくる。

 五つほど根を上り下りした時、リットはあることを思い足を止めた。

 それは、この状況を打開するのにぴったりのひらめきだった。

 魔法生物を専門にしている魔女がここにいるのなら、グリフォンのような生物を使い魔にしているかもしれないということだ。

 向こうはリットのことを認識していないので、ただ呼んでも来ることはない。だが、グリザベルからいくつか使い魔の呼び方を教わっているので、どうにかなるかもしれないと考えた。

 使い魔を呼ぶのに使うお香。珍しい材料が使われることも確かだが、頻繁に使い魔を飛ばしてコミュニケーションを取る魔女達は、近くで取れるものを使ってお香を作る。

 この辺で取れる魔女薬の材料を組み合わせれば、勘違いした使い魔がここへやってくるかもしれない。

 いきあたりばったりの考えで、可能性は高いとは言えないが、根の上り下りに疲れたリットはそのほうが楽だと香草を探すことにした。

 この森は天望の木の真下という事もあってか、いくつか不思議な植物が咲いている。浮遊大陸から落ちた果実が、たまたま土地に合って芽吹いたものだ。

 そして、魔女はこの『落とし種』と呼ばれるものを育てて、新しく魔女薬に使う。

 偶然でも、こんなところに咲いているのだ。それを魔女が使わないはずはない。

 リットは口元に笑みを浮かべていた。魔女に振り回されていたものが、ここで役に立つとは皮肉だと。

 いくつか香草を集めたリットは、ウィッチーズ・マーケットで乾の魔宝石を買っておけばよかったと後悔していた。

 時間をかけるわけにもいかず、焼いた石を利用してどうにかしようと思い立った時だ。袖を捲った腕には、精霊の紋章が濃くあらわれていた。

 リットは魔女クリクルの言葉を思い出していた。この紋章が消えるには、何か使命を果たさなければならない。

 その言葉が本当で、なおかつ今がそう言う状況ならば、この紋章の力を使えるのではないかと考えた。

 クリクルは道を踏み外して子供の姿になってしまったが、精霊のために使えば大丈夫なはずだった。

 思えばこの状況は精霊が引き起こしたとしか思えない。ようやくリットは、グリザベルの言っていた『お主がそうなった原因があるはずだ。それを解決してこい。そうすればお主はこの世界へ戻ってこられるはず』という言葉の意味を理解した。

 役目を果たせば紋章も消えるし、元の世界に戻れる。何より、あの胡散臭い土鳥の卵というものを孵らせるのに、精霊の力が必要ならば、あれこそが鍵になっているのかもしれない。

 つまり、この場で精霊の力を使うことは間違っていない。リットはそう自分を信じ込ませると、紋章の入った手で香草を握った。

 この時、初めてリットは魔力の流れというものを感じることができた。不快と快感の狭間で揺れるようなものが、心臓から押し出されるように身体中に広がっていく。それは足先から指先まで広がり、静電気のようにピリピリと弾けているような感覚だ。

 この力がシルフの力と分かったのは、精霊の紋章のおかげだろう。風の力により、香草は一瞬のうちに乾燥していた。

 いくつかの香草を乾燥させたリットは、マッチを使い火を起こすとその上に手頃な石を置いて熱した。

 煙が出るほど温まった石の上に、香草をひとつまみ落とす。匂いが煙とともに上っていくと、別の香草をひとつまみ落とす。

 順番は適当だ。

 何度も匂いを混ぜ合わせてるうちに、大きな羽の音が聞こえてきた。

 リットの思惑通り、変だと思った使い魔のグリフォンが様子を見に来たのだった。

 グリフォンはリットの姿を見かけると威嚇したのだが、近くまで来ると唸り声を止めた。

 この辺に漂う魔力を感じて、リットを魔女の仲間だと思ったおかげだった。

「わりぃんだけどよ。オマエを飼ってる魔女の元まで乗っけて貰えるか? 未来で会ったら山鳥か魚でもご馳走してやるからよ」

 グリフォンはしばらくリットの周りをぐるぐる歩いていたが、何に納得したのか、背中に乗るようにしゃがんだ。

 リットが乗るとすぐさまグリフォンは飛び上がった。乱暴な動きだったが、すっかりグリフォンに乗りなれていたリットは、落ちることなく風景を楽しむことができた。

 上から見る森は壮観だった。木は少しずつ一方向に傾いており、天望の木を中心に渦巻くように生えている。まるで海に発生する大渦のようだった。

 そして、上から見ると魔女の家というのがはっきり見えた。

 天望の木の太い下枝に立派な家が建てられていたのだ。ちょっとやそっと根を上ったくらいでは、下から見つけるのは不可能だろう。

 グリフォンに降ろしてもらってさらに驚いたのは、魔女の家が建てられている木の枝は、まるで蔓細工のように編まれて平らな土地を作っていたからだ。

 この土地の下は枝分かれした枝から葉が生えているので、見上げてもただの木の枝にか見えない。

 わずかな異変に気付いた者だけが、この家を見付けられると言うわけだ。

 こんなところに呼ばれてもいない人間が来るのは珍しいことなので、腰の曲がった老いた魔女は何事かとリットを待ち構えていた。

「あまりいい客だとは思えないね……。国の者か、賊か……。悪いけど、答えによっては無事には帰れないよ」

 リットがシルフの力を使ったことにより、魔力の流れが変わったのには気付いているので魔女は警戒していた。

「説明してやりてぇんだけどよ。その前に一ついいか?」

 リットがゆっくり歩き出すと、魔女はついていた杖を剣のように持って警戒を強めた。

「あまり変なことはしない方が身のためだよ」

「これをやっとかなきゃ、一生後悔する」リットは大きく息を吸い込むと、下にいるであろう三人に「ざまぁみろ!」と、大声で叫んだのだった。

 その姿に魔女は度肝を抜かれていた。わざわざやってきて、やってることは子供そのものなのだ。目的がわからないし、謎の男に混乱するばかりだった。

「悪かったな。アチェットって婆さんから紹介されたんだ。詳しい内容は残りの負け犬三人組が来てから話す」

 リットはアチェットが書いてくれた紹介状を魔女に渡した。

「アチェットからかい? ……なんだってまたこんな厄介そうな男を」

 魔女はアチェットからの紹介ならと警戒を緩めたが、リットとの間にグリフォンを挟んで、完全に信用することはなかった。

「オレが厄介そうな男で良かっただろ? これからここに来るのは、間違いなく厄介な男と厄介な女だぞ」

 三人に勝って、先に魔女の元へと辿り着いたリットは、まるで酒でも飲んだかのように上機嫌になっていた。

「静かな場所で研究をしようと思ったのに……また場所を変えなければね……」

 魔女のため息は吹いてきた風の音に消され、リットの耳に届くこととはなかった。






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